四方源太郎日記

四方源太郎日記

京都府議会議員四方源太郎の活動記録(2005年12月~2025年4月)です。2025年12月17日に府議を辞職し、2026年1月の綾部市長選挙を目指します。

202527日㈰

gooブログで続けてきた「四方源太郎日記」は終了します。

 

以後は下記の【note】というサービスを使って、日記のような投稿を継続しますので、よろしければ下記をブックマークしてご覧いただければ幸いです。

登録なしで、無料でご覧いただけますが、可能ならばフォローしていただければさらに嬉しいです。

 

四方源太郎note

https://note.com/gentaroayabe

 

 

 ブログ「四方源太郎日記」は良くも悪くも様々な跳ね返りがあり、その「刺激」を失うのは大変さびしいですが、今日でいったん区切りをつけ、gooのサービスでブログ更新するのは終わりにしようと決断しました。

 

 OCNの「ブログ人」というサービスで「ブログ」を書き始めたのが、2004年5月7日。最初のブログ記事にはこんなことを書いている。

2004年5月7日 
 今日は、夜に「あやこ」の例会があった。

 長岡さんに「ブログ人」になるよう勧められた。

 ホームページを始めたときは、輝くんに勧められて始め、メーリングリストは小谷寛さんに作ってもらった。

 今回はブログだが、ちょっといじってみて、これは「最高の武器だ!」と感じ、少し興奮している。

  自分の日記が世界とつながったような…そんな気もする。これからは、ブログで日記を書いていきたい。

 

 ブログは「weblog(ウェブログ)」の略で、「ウェブ上に記録(ログ)を残す」という意味だ。

 SNS(ソーシャルネットワークサービス)が登場するのはそれから少し経ってからのことで、日本では「MIXI(ミクシィ)」がその走りだっただろうか?MIXI(今はやっていない)、FacebookTwitter(現X)など、私もそれぞれやっている。

 

 OCN「ブログ人」は2014年5月にサービス終了が発表されたため、その時は後継サービスの「 gooブログ」に移した。

 さらに11年後の今年、2025年4月に「gooブログ」のサービスが11月18日で終了することが発表された。

 

 これからどうしようか?と考えた。後継ブログには「AMEBAブログ」と「はてなブログ」があるとのこと。

 5300以上の記事と写真を移すことは1週間以上かかっても完了できていないが、ある程度はその2つに移行させることができた。

AMEBAブログ「四方源太郎日記」

https://ameblo.jp/gentarou-ayabe/

はてなブログ「四方源太郎日記」

https://gentarou-ayabe.hatenablog.com/

 

 このどちらかのサービスで継続しようかとも考えたが、ここは保存・閲覧用にしたいと思っている。ブログを始めて20年(それ以前にホームページビルダーで作っていたページでも日記を書いていたのでトータルすると25年ほど)続けてきたことだが、これも運命なのだろう。

 

 ここでいったん区切りをつけることにした。

 

 これからはnoteというサービスを使って、日記形式にこだわらず、日常の出来事や自分自身の活動、政治や社会の評論、歴史の探求などを改めて発信していきたいと思っています。

 四方源太郎note

https://note.com/gentaroayabe

 

 まだ使い方、書き方もよく分かっていませんが、そちらでも末永くお付き合いください。

 これまで「四方源太郎日記」をご覧いただき、ありがとうございました。

 

 2025年11月17日まではgooブログもご覧いただけると思いますので、過去の記事等も興味あればご覧ください。

 一部の記事(特に歴史の探求や北陸新幹線の評論など)は徐々にnoteに移していっています。

 

「終わる」ということは、新しく「始まる」ということです。


425日㈮午後上延町自治会の方々の相談で山添神社へ。神社に隣接する公会堂で神社総代さんや自治会長さんらからお話を伺った。

 境内にはスギとヒノキの古木があり、スギは樹齢500年ほどと推測されている。これが腐朽し始めており、倒れると困るので何とか手入れができないか?ということで、京都府の「京の森林文化を守り育てる支援事業」を活用して取り組みたいというご相談だった。

 担当課に連絡し、申請に向けての相談に乗ってもらえるように手配した。

 樹木医の診断もすでに受けておられ、上部を断幹することで重さを軽くして倒壊を防ぐという対策が必要だということだった。

 

 後藤光市議からの誘いで、マキマルデザインの槇原茜さん主催の「動画編集ワークショップ」に参加。Canva(キャンバ)というアプリを使って、動画編集を行う方法を学んだ。

 動画編集アプリには様々なものがあり、私はMicrosoft Cripchampというアプリで作っている。Canvaは動画編集以外にもできることがあるようで、少し研究してみてもいいなと思った。

 通常のWi-Fi環境では多人数での動画編集ワークショップには課題が残ったが、槇原さんのような女性起業家を育てていく、という意味で後藤市議の活動には意義があると感じた。

 丹波市からも女性起業家を目指す方が参加しておられた。

 最近、綾部市議会でyoutube番組を制作されるようになったので、多くの綾部市議の皆さんにもご参加いただいていた。年齢や経験に関係なく、積極的に新しいことを学ぼうという姿勢は大切なことだと思います。

綾部市議会YouTube番組 

https://www.youtube.com/@AyabeCityCouncil


24日㈭夕方から京都へ。京環協政治連盟(前田康信会長)の設立懇親会にお招きいただいた。

 同政治連盟は浄化槽の安全管理や災害時の衛生インフラの応急支援、美しい水と自然を守るために政治活動を推進することを目的に設立された。

 今後の活動充実のために、自治体や議員との橋渡し役など、お手伝いさせていただきたい。


424日㈭蒲田直樹さん(東京在住)が個人的に開館された「有道佐一記念ミュージアム自適の館」幻の画家 有道佐一 衝立絵と扁額、そして春・初夏の作品展」2025年4月29日まで開催されています。開館時間は11時~17時(16時半までに入館)

 入場無料、場所は綾部市役所から徒歩1分。綾部市若松町24-5 ワードスプリングです。ぜひご鑑賞ください。

 また、同館では運営に関わる維持経費の支援も求められています。ご協力いただければ幸いです。


23日㈬9時に来客。竹バイオ発電の事業についての話を聴いた。10時からは葬儀に参列。

 午後綾部世界連邦運動協会(高橋輝会長)の総会に出席。

 

 3年前にスタートした綾部の異業種交流会「あやべMBTミーティング」の第14回目を開催。今回も25名ほどの方にご参加いただいた。

 主催している「あやべMBTプロジェクト」の代表として開会挨拶をした。

 こうやって継続できているのも、事務局次長の後藤光くんはじめとする事務局の皆さん、会場の段取りをしてくれる由良ノリエちゃんとネパール料理店Dip Jyotiの皆さんのおかげです。ありがとうございます。

 小林勝副代表の発声で乾杯し、いつものように交流会が始まった。

 初参加の方には自己紹介していただき、時間の関係上、リピーターの方は自己紹介名簿を作って配布するようにしている。

 自家焙煎のコーヒーを毎回振る舞って下さる会員もおられます。えぐみが全くない美味しいコーヒーです。

 種清喜之事務局長の挨拶で中締めとなり、最後まで残っていただいた方々で集合写真を撮った。

 二次会へのご参加もありがとうございました。

 次回は7月の開催を予定しています。どなたでもご参加いただけますので、お気軽にお問い合わせ下さい。

21日㈪、午後に茶道裏千家淡交会両丹支部(堀尾大直支部長)の80周年、青年部60周年記念事業の拡大会議に出席した。

 私は10年ほど前から副支部長を拝命しているが、70周年の覚えはなく、周年行事は初めての体験になる。

 

22日㈫10時から高野山真言宗綾部地区檀信徒協議会(加藤節郎会長)の総会に出席した。毎年、会場は回り持ち今年は志賀郷町の尾田山興隆寺(松本満裕住職、河北保筆頭総代)で開催された。

 米農家の井上吉夫さんの自宅や作業場があるところの上にあるお寺で、下からは見ていたが本堂に上がるのは初めてだった。

 興隆寺は昭和33年に同じ志賀郷地区の別所町にあった願成寺と統合されたそうだ。手書きの般若経があり、それは相当珍しいというお話だった。

 本堂での読経の後、総会が開催された。

 令和7年度から3年間は、私が筆頭総代を務めている正暦寺(玉川弘信住職)も役員の当番寺にあたるため、私は檀信徒協議会の会長を務めることになった。副会長は楞厳寺の内田哲世総代と興隆寺の岸本博秋総代にお世話になる。

 「お寺は先祖代々守ってきたもので、檀信徒協議会もどこかで絶やすというわけにはいかないものであり、先祖供養だと思って務めさせていただきます」と挨拶した。

 議事の後楞厳寺の為廣英隆住職の法話を聴かせていただいた。1週間前に住職に就任されたばかりとのこと。

 NHK大河ドラマ「どうする家康」に楞厳寺のミツバツツジの景色が採用されたエピソードなど、花の話を面白くお話された。


20日㈰朝9時前に自民党綾部支部の役員数名で綾部を出発。

 10時半からリーガロイヤル京都にて、自民党京都府連青年局(中島武文局長)主催のきょうと青年政治大学校20期特別記念講演会に出席した。

 講師裏千家前家元の千玄室大宗匠が務められた。昨日102才の誕生日を迎えられたそうだが、お元気で理路整然としたお話をされた。

 若い頃には大平正芳総理らから国政へ誘いがあったそうだが、お母様が「絶対に政治はダメ。ご先祖様を見てみなさい」と許してくれなかったそうだ。

 千家の先祖である千利休は堺を取り仕切る納屋衆の一人、田中家の生まれで、田中家は関東武士の里見家につながるとのこと。

 豊臣秀吉は外向きのことは弟の秀長に、内向きのことは千利休に任せ、秀吉の側近として活躍したが、天正19年1月に秀長が没して石田三成らが力を持つようになったためか、2月に切腹を命じられた。

 政治の世界に入るとロクなことがない、というのが千家の家訓のようになっていたのだろう。

 今の政治には「間がない」とおっしゃっていた。

 次の予定があって、途中で抜けさせていただいたが、戦争を体験し、平和を訴えられるその姿には魂が揺さぶられる感じがした。

 

 12時から、五条河原町を少し上がったところにある鶴清で開催された京都三重県人会(本田一泰会長)総会に出席した。

 三重大学に通っていた縁で、府議になった14年ほど前に二之湯智参議院議員(当時、三重県いなべ市出身)に誘われて入会しているが、総会にはなかなか参加できておらず、今回で3回目くらいだろうか?

 総会後の懇親会会長である岩田武久相談役の発声で乾杯し、三重県出身、三重県ゆかりの方々と懇親を深めた。

 私は大学時代の4年間を三重県津市で過ごした。最近は三重県から足が遠のいているが、懐かしく思い出深い土地だ。

 私の先祖は初代綾部藩主である九鬼隆季が三重県の鳥羽から綾部にお国替えになった際に一緒に鳥羽から綾部に移ってきたと伝えられていることもあって、三重県に自らの深いルーツを感じている。

 それぞれが自己紹介などをした後、「ふるさと」を合唱して締めくくりとなった。

 三重県出身ではないが、本田会長との関係で藤岡栄さんが参加しておられたので、終わってから「コーヒーでもどうですか?」と話していたら、二之湯智先生も「一緒に行こう!」とおっしゃり、3人で二時間ほど、喫茶店で懇談した。

 次の予定が18時半からだったので「まだまだ時間があるな」と、二条駅前でさらに喫茶店に入ると京田辺市議の榎本昂輔くんがいたので話をしていると、宇治市議の木本裕章くんもやってきて3人で懇談。

 

 18時半からは一緒に自民党府連青年局の大懇親会に出席した。今回はきょうと青年政治大学校の20周年を記念して、現役青年局員以外にも歴代青年局長、歴代学生部長がお招きいただいた。

 歴代青年局長の橋村芳和京都市議、石田宗久府議、寺田一博京都市議、津田大三京都市議、荒巻隆三府議、森田守京都市議と共に、私も元青年局長として挨拶させてもらった。

 久しぶりに出会う方々や初めて会う、現在の青年局、学生部の皆さんと楽しく懇談し、懐かしい青年局の空気を思い出した。

 青年局長時代に「青年局は党内野党、学生部は党内過激派」とよく話していた。上の世代への反発、突き上げが自民党は弱くなっていて、それが組織を弱体化させている。

 「政治サラリーマン」で自己保身に汲々とするのではなく、自分の頭で考え、自分の意見を主張することをどんどんやってほしいと思う。

18日㈮8時過ぎ自宅を出て京都へ。10時半から政務活動費の変更点についての議会事務局による説明会。

 うちの事務所からは出ていない「事務員さんも参加可」の説明会だったので、後ろの方に他の府議事務所の事務員さん達が来られていた。

 前の方にズラッと議員が座っていて、質疑応答では事務員さんが後ろから質問できる雰囲気ではなかったので、あれなら事務担当者さんだけの説明会をしてあげた方が良かったのではないか?と思った。

 我々議員はこのことは以前から何度か説明を受けているし、必要なら議会事務局に問い合わせれば良いことなので。

 

 12時半から議員団会議。13時半から政策環境建設常任委員会に出席し、京都府内の上下水道の状況について、近畿大学経営学部の浦上拓也教授からお話を聴き、意見交換した。

 私は「農業集落排水事業は今後、合併処理浄化槽に転換しないと持たないのではないか?」「合併処理浄化槽は宅内の水洗化については公共下水道と変わりがないし、災害時に強く自然環境にも優しい。人口減少していく中、今後は転換できる部分は合併処理浄化槽に転換すべきだと考えているが、何かデメリットはあるのか?」ということについて質問した。

 「農集排については農林水産省で何ら議論できていない。環境省も今のままの人員と予算で農集排を押しつけられても困るとの立場」ということだった。

 「合併処理浄化槽の予算が増えないのは都道府県や市町村から要望がほとんど上がってきていないから」という話だった。

 

 夕方、綾部に戻り、事務所で事務作業をしていると藤岡康治市議が桜が丘に配ってもらっている「げんたろう新聞」を取りに来ていただき、3時間ほど、綾部市政のことなどについて話をした。

 6月議会が終わったら、吉美地区で合同の「御用聞きの会」をやり、後日、後援会の懇親会もやりましょう!と相談もした。

 

 gooブログを移転させなければならないが、なかなかうまくいかず苦戦している。

 新たなブログをどこで書くか、「慣れ」というのはなかなか変えられそうにない。

 Amebaブログ、はてなブログにバックアップ用に移して、noteに書いていこうかとも思っているが、また一からスタートのようになるのがちょっと残念ではある。

16日㈬、別れの朝。2日間、ホームステイしてくれたオーストラリア人のハナとユニースが旅立って行った。

 彼女たちは綾部高校由良川キャンパスで餅つきなどを体験した後、11時の特急で京都に行き、そこから新幹線で東京へ。そして、羽田空港からメルボルンへ飛び立ち、乗り換えてアリススプリングスに帰るそうだ。

 「オーストラリアの家に早く帰りたい?」と聞いたら、「日本は良いところだから、もっといたい」とハナが答えてくれた。彼女は「また日本に来たい」と何度も言っていた。「うちの家は大歓迎だから、またいつでも来て」と話した。

 たった2日のことだったが、彼女たちのことはずっと忘れないだろう。うちの子ども達にとっても良い経験ができたと思う。

 学校に行く涼子と温二郎を見送った後、川がないというアリススプリングスの彼女らに目の前の由良川を見せて、綾部高校由良川キャンパスに送った。

 妻は最後に綾部駅にも見送りに行き、二人はとても喜んでくれたそうだ。

 

 午後は事務所にお手伝いに来ていただいて、「げんたろう新聞」のラベル貼り作業。

 お手伝いしていただいた方々とあれこれ懇談しながら、約1時間の作業。

 

 綾部市民総合スポーツ大会開会式、四都市スポーツ大会結団式、綾部市スポーツ協会表彰式に綾部市空手道連盟会長として井田匡昭理事長と共に出席した。

 本人は欠席だったが、綾部市空手道連盟の保坂朋宏理事が綾部市スポーツ協会表彰を受けられた。

 家に帰ったが、昨日まで二人子どもが多かったのに、今夜は少しさびしい。日頃、家では飲まないのだが、缶ビールを1本飲んだ。

15日㈫ホームステイ中のハナとユニースに「朝、近所を散歩しようか」と言っていたが、結局、彼女らは起きてこれず、散歩はキャンセルになった。

 女の子はそういうことにはあまり興味がないのかもしれない。

参考:2024年4月18日付blog「朝の『近所案内』」

 朝食後に綾部高校まで送って行った。綾部高校の生徒も昨年でずいぶん慣れたようで、「去年より積極的にコミュニケーションできている」とコーディネーターの安藤恵子さんがおっしゃっていた。

 

 午前中は2件の来客。補助金の相談や久しぶりの挨拶にお越しいただき、来週飲みましょう!と約束。

 夕方、ハナとユニースを綾部高校に迎えに行き、クラブ活動体験をしている彼女らの様子を見学した。

 ユニースはダンス部で体験させてもらっていた。

 ハナは茶道部だったのか、間に合わず見学できなかったが、彼女を連れて、涼子の吹奏楽部の練習を見学した。

 ハナ達の1学年下だという男の子がトランペットで一緒に練習参加していて、上手な演奏をしていた。

 

 帰りに紫水ヶ丘公園に上がって、綾部の市街地を一望してもらった。

 夕陽が落ちるところが見られれば良かったが、雲がかかっていて残念だった。桜には遅く、つつじには早い季節だが、写真を見せて、「こんなきれいになるんだよ」と説明した。

 夜はうどんの得兵衛に食事に行った。家で食べても良かったのだが、温二郎のオーストラリア経験では「家で出されたものが口に合わなかった時に、残しにくいし気まずい」ということがあったそうで、あえて二日間共に好きなものを選択できる外食にした。

 前回のように4泊5日あれば、たこ焼きパーティなどやっても良かったと思う。

参考:2024年4月19日付blog「別れの『たこ焼きパーティ』」

 ハナの方が長いセンテンスで難しい言葉も使っていたが、温二郎の英語の上達ぶりは凄いもので、ほぼ全て聴き取って会話ができていた。僕は片言の単語とGoogle翻訳が頼りなのに…。

 外国の人に慣れる、実際の英会話を試す場面として、ホームステイはとても意義深いと感じている。中高生の子どもがいる家庭だけが受け入れられることでもあるので、ぜひお子さんの成長のためにもホームステイ体験を受け入れてもらえたらと思う。

 うちは大変古い家で風呂やトイレの設備もお見せできるようなものではないのですが、むしろ日本の一般家庭のありのままを体験するために来ている子達なので気にすることはなく、来年はぜひ気負わずに、もっと多くの家庭が手を挙げていただければと思います。1日4500円/人の食事代は払われます。

 家に帰って、トランプやUNOなど。僕も加わり、「チート」というトランプゲームを教ええもらった。

 日本の「ダウト(座布団)」に似たゲームで、「オーストラリアではポピュラーなのか?」と聞いたら、「ポピュラーではない。自分たちの周りで流行ってる」と教えてくれた。頭と勘が必要な難しいゲームだった。

 明日朝には、この子達ともお別れになる。