「好きこそものの上手なれ」
これは私が小学生の時に、好きな言葉として選んだ言葉です。
しかも当時、言葉の意味を正確に捉えておらず、”好きな事ほど上手に成れ!”と理解していました。・_・;
でもそれは有る意味、私にとって正解で、私はその言葉を励みに色んなことに夢中になった。
その後、いつしかその言葉を忘れてしまい、すっかり普通に平凡な思考に落ち着くことになったのです。
もしかすると、その言葉を忘れ去った当たりから、私は自分の生き方に迷ってしまい、周りの人の目を気にしながら、自分探しを始めたのかも知れません。
今回はその記憶を辿り、もう一度自分の好きなことを探してみたいと思います。
実は忘れ去ったのでは無く、意識して忘れた。
「好きこそものの上手なれ」を好きな言葉として選んだ後、数ヶ月が経ち、クラスで発表会がありました。
その時に自分が選んだ理由を発表するのですが、その際に意味の間違いを指摘され、とても恥かしい思いをした記憶があるます。
当時純粋な少年だった私は、自分の選んだ言葉を恥かしく思い、意識して忘れました。
それまで、自分を励ます言葉が、”恥をかいてしまった言葉”に変わってしまったのです。
「何に対しても興味を持ち、好きだから、とことん熱中することが正しいこと」だと思っていました。
因みに正しくは「どんなことであっても、人は好きなものに対しては熱心に努力するので、上達が早いということ」です。
それが、”それは間違いである”と言われたようでした。
言葉の読み違えから、微妙な意味の解釈の説明で、本筋ではそのように理解して行動しても同じ結果をもたらすところを、「間違いだ」と思い込んでしまったのです。
それからと云うと、人の目を気にし始め、直ぐに自分の意見を言わなくなり、周りの人の意見をいろいろ聞きながら、問題は無いと思われることだけを言うようになってしまいました。
よく、人から”何を考えてるか解からない”と言われる事があります。多分それが原因だと思います。
自分の意見は、いつも後から言うのです。人によっては、ズルイと思われます。
今思えば、この他愛も無い間違いの恥かしさから、自分の意見を素直に言えない貧弱な性格を作ってしまっていたのでした。
なるほど、これで自分の足りない性格の原因の一つが解かりました。
何で自分は、こんなに引っ込み思案な性格なんだろう?
幼い頃、よく親に言われていました。”この子は引っ込み思案だから”とか、”人見知りだから”など、他人との付き合いの仲で体裁をとる為か、言い訳みたいに他の親に言っていました。
確かに、自分はハキハキと自分の意見を言えなくて、いつもモジモジしていました。
親にそんな事を言われる度に、”自分は引っ込み思案なんだから、しょうがない”と思っていました。とても偏な自分への刷り込みです。
その原因が、”他愛も無い間違いの恥かしさ”からだったとは。。。^^;
「しょうもない事」です。でもこの「しょうもない事」が私の人生で多大な影響を与え、私自身の性格を作っていたのです。
自分の性格の弱さを知る為には、幼少時代まで遡って探した方が良いみたいです。
今回、言葉を切っ掛けに自分の記憶を遡り、少年時代の記憶にたどり着きました。
たどり着くと、何故か当時の記憶が鮮明に思い出されてきたのです。それは自分の心に深刻なイメージをつけた証の様に、思い出していたのです。
私的に思うのは、忘れていたことを思い出すには、心の中にあるわだかまりに素直に目を向ける必要があるようです。
過去を振り返って、嫌な記憶に振れた瞬間に鮮明にその場面が頭に浮かんでくれば、それは自分の深層心理に根付いている”わだかまり”です。その、”わだかまり”に到った原因を探してみることが必要だったのです。
そうすることによって、自分の認識していないセルフイメージを把握することが出来るのです。
わだかまりの原因が解かれば、大人になった自分だからこそ、客観的にそれを見ることができ、かつ修正イメージを作ることができます。
私の場合、これを”他愛も無い間違いの恥かしさ”と受け止めることにしました。
他愛も無いのですから、もう恥かしいと思わなくて良いのです。
最初に信じた「何に対しても興味を持ち、好きだから、とことん熱中することが正しいこと」として、好きなものに、とことん熱中する自分を肯定するようにしました。
心が楽になります。
とことん熱中する勇気を持てるようになりました。
これからの、より良よい人生の為に、私は自分を成長させよう^^♪
丁度これからの時代は、個人が今まで以上に重視される社会になって行きそうです。
多数から個へ。
大勢で仕組みに沿って働くことから、一人ひとりに向き合うのを大切にすること、を追加した世の中へ。
この”一人ひとりに向き合うのを大切にする”が、自分の心の中にある”わだかまり”が在るままでは素直に行動が起こせません。
何故なら、自分自身が自分を認めていないのに、仕組みだからとか、ルールだから等と、自身の気持ちを大切にしていないのですから、”一人ひとりに向き合うのを大切にする”考えや行動ができないのです。
まずは、自分を解かり、自分を認めてあげて、そんな自分を好きになることにします。
自分を一人の個人として捕らえることが出来たら、自分以外の家族や友人を一人ひとり見るようにすると、新たな大切な感じが段々見えてくる様になりました。
今まで大切に思う認識以上に、新たな大切に思う事に、気が付くことが出来たのです。
その感情の状態で、会社や自分の身の回りの社会を見てみると、・・・・・新たなヒントが浮かんでくるように思えます^^。
一人ひとりを大切にすることで仲間を増やし、大切にされた思いが、また人を大切に思う行動に繋がるのですね。
やはり、ホスピタリティがサービス社会を変えていきそうです。
なんだか駄目ダメだと思っていた自分の人生に、ワクワク感が持てるようになってきました^^♪
「無償の愛」で自分を見る。
「無償の愛」で家族を見る。
「無償の愛」で友人や同僚を見る。
「無償の愛」で会社や世の中を見る。
見返りを求めない心で視ることから、新たな気づきが得られる様な気がします^^;
本当に自分の望む生き方をしているのか?
今回は私の心の弱さによる”他愛も無い間違いの恥かしさ”が、原因であった少年期の、ある言葉に辿り着きました。
原因が解かり、受け止めて新たな自分のセルフイメージの一つに追加する事で、私は心が楽になり前向きに考え出すことが出来るようになりました。
しかし、人によっては言葉が原因で無いことも有るかと思います。
不思議な習慣だったり、風習だったり、普通に考えて”なんかおかしい”ことだったりするかも知れません。
ポイントは、いつも自分が思ってしまうこと。いつも自分が無意識に行動してしまうことを、注意してみる。ことだと思います。
また、今回の様に原因がある程度特定できたとしても、それ一つが自分のセルフイメージを作っているのでは無いことを認識しなくてはいけません。人は複雑に絡み合った思い込みで、自分のセルフイメージを作り上げてると言われています。
私も今回の探求で、自分のセルフイメージを作っている、一つの絡まれた糸が解けただけなのかも知れません。
内向的な私の性根のReセルフイメージは、まだまだ時間が掛かりそうですT_T;
「天才は99%の努力と1%の閃き」なのだ。
最近見たTVドラマで、「神様のベレー帽~手塚治虫のブラック・ジャック創作秘話~」って言う番組がありました。
(見ました?良かったですょ^^♪)
そのドラマの中で、厳つい編集長が「あなたにも出来ますよ。僕に出来るんだから。」と手塚治虫氏の口癖を、部下に伝えた場面がありました。
私が感じたのは、漫画の神様と呼ばれた手塚治虫氏を、妥協をしない一生懸命な考えで行動させたのは「好きこそものの上手なれ」だったのではないか、と思うのです。
純真な素直な自分の気持ちを、一途に貫いた生き方に感動しました。
私もそんな純真な気持ちで、これからの人生を送りたです。チョッと残りの人生の時期が遅いですが・・・ ^^;
まとめ
○自分の性格の弱さを知る為には、幼少時代まで遡って探した方が良い
○嫌な記憶に振れた瞬間に、鮮明にその場面が頭に蘇える
○それは自分の深層心理に根付いている”わだかまり”
○”わだかまり”に到った原因を探してみることが必要
○原因が解かれば、大人になった自分だからこそ、客観的にそれを見ることができる
○大勢で仕組みに沿って動くことから、一人ひとりに向き合うのを大切にすること、を追加した世の中へ
○見返りを求めない心で視ることから、新たな気づきが得られる
○新たな自分のセルフイメージの一つに追加する事
○人は複雑に絡み合った思い込みで、自分のセルフイメージを作り上げてる
○神様と呼ばれても、妥協をしない「純真で素直な自分の気持ちを、一途に貫いた生き方」
まだまだ学ぶことが沢山です^^;
以前に紹介した「進化は心が持っている。 心の自動操縦システム!?」での方法で、また自分改革です^^;
今回は、ふとした切っ掛けで自分分析をしてみました。
もし同じような悩みを持たれてる方が居たら、参考にして頂けると、とても嬉しいです。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました^^♪
これは私が小学生の時に、好きな言葉として選んだ言葉です。
しかも当時、言葉の意味を正確に捉えておらず、”好きな事ほど上手に成れ!”と理解していました。・_・;
でもそれは有る意味、私にとって正解で、私はその言葉を励みに色んなことに夢中になった。
その後、いつしかその言葉を忘れてしまい、すっかり普通に平凡な思考に落ち着くことになったのです。
もしかすると、その言葉を忘れ去った当たりから、私は自分の生き方に迷ってしまい、周りの人の目を気にしながら、自分探しを始めたのかも知れません。
今回はその記憶を辿り、もう一度自分の好きなことを探してみたいと思います。
実は忘れ去ったのでは無く、意識して忘れた。
「好きこそものの上手なれ」を好きな言葉として選んだ後、数ヶ月が経ち、クラスで発表会がありました。
その時に自分が選んだ理由を発表するのですが、その際に意味の間違いを指摘され、とても恥かしい思いをした記憶があるます。
当時純粋な少年だった私は、自分の選んだ言葉を恥かしく思い、意識して忘れました。
それまで、自分を励ます言葉が、”恥をかいてしまった言葉”に変わってしまったのです。
「何に対しても興味を持ち、好きだから、とことん熱中することが正しいこと」だと思っていました。
因みに正しくは「どんなことであっても、人は好きなものに対しては熱心に努力するので、上達が早いということ」です。
それが、”それは間違いである”と言われたようでした。
言葉の読み違えから、微妙な意味の解釈の説明で、本筋ではそのように理解して行動しても同じ結果をもたらすところを、「間違いだ」と思い込んでしまったのです。
それからと云うと、人の目を気にし始め、直ぐに自分の意見を言わなくなり、周りの人の意見をいろいろ聞きながら、問題は無いと思われることだけを言うようになってしまいました。
よく、人から”何を考えてるか解からない”と言われる事があります。多分それが原因だと思います。
自分の意見は、いつも後から言うのです。人によっては、ズルイと思われます。
今思えば、この他愛も無い間違いの恥かしさから、自分の意見を素直に言えない貧弱な性格を作ってしまっていたのでした。
なるほど、これで自分の足りない性格の原因の一つが解かりました。
何で自分は、こんなに引っ込み思案な性格なんだろう?
幼い頃、よく親に言われていました。”この子は引っ込み思案だから”とか、”人見知りだから”など、他人との付き合いの仲で体裁をとる為か、言い訳みたいに他の親に言っていました。
確かに、自分はハキハキと自分の意見を言えなくて、いつもモジモジしていました。
親にそんな事を言われる度に、”自分は引っ込み思案なんだから、しょうがない”と思っていました。とても偏な自分への刷り込みです。
その原因が、”他愛も無い間違いの恥かしさ”からだったとは。。。^^;
「しょうもない事」です。でもこの「しょうもない事」が私の人生で多大な影響を与え、私自身の性格を作っていたのです。
自分の性格の弱さを知る為には、幼少時代まで遡って探した方が良いみたいです。
今回、言葉を切っ掛けに自分の記憶を遡り、少年時代の記憶にたどり着きました。
たどり着くと、何故か当時の記憶が鮮明に思い出されてきたのです。それは自分の心に深刻なイメージをつけた証の様に、思い出していたのです。
私的に思うのは、忘れていたことを思い出すには、心の中にあるわだかまりに素直に目を向ける必要があるようです。
過去を振り返って、嫌な記憶に振れた瞬間に鮮明にその場面が頭に浮かんでくれば、それは自分の深層心理に根付いている”わだかまり”です。その、”わだかまり”に到った原因を探してみることが必要だったのです。
そうすることによって、自分の認識していないセルフイメージを把握することが出来るのです。
わだかまりの原因が解かれば、大人になった自分だからこそ、客観的にそれを見ることができ、かつ修正イメージを作ることができます。
私の場合、これを”他愛も無い間違いの恥かしさ”と受け止めることにしました。
他愛も無いのですから、もう恥かしいと思わなくて良いのです。
最初に信じた「何に対しても興味を持ち、好きだから、とことん熱中することが正しいこと」として、好きなものに、とことん熱中する自分を肯定するようにしました。
心が楽になります。
とことん熱中する勇気を持てるようになりました。
これからの、より良よい人生の為に、私は自分を成長させよう^^♪
丁度これからの時代は、個人が今まで以上に重視される社会になって行きそうです。
多数から個へ。
大勢で仕組みに沿って働くことから、一人ひとりに向き合うのを大切にすること、を追加した世の中へ。
この”一人ひとりに向き合うのを大切にする”が、自分の心の中にある”わだかまり”が在るままでは素直に行動が起こせません。
何故なら、自分自身が自分を認めていないのに、仕組みだからとか、ルールだから等と、自身の気持ちを大切にしていないのですから、”一人ひとりに向き合うのを大切にする”考えや行動ができないのです。
まずは、自分を解かり、自分を認めてあげて、そんな自分を好きになることにします。
自分を一人の個人として捕らえることが出来たら、自分以外の家族や友人を一人ひとり見るようにすると、新たな大切な感じが段々見えてくる様になりました。
今まで大切に思う認識以上に、新たな大切に思う事に、気が付くことが出来たのです。
その感情の状態で、会社や自分の身の回りの社会を見てみると、・・・・・新たなヒントが浮かんでくるように思えます^^。
一人ひとりを大切にすることで仲間を増やし、大切にされた思いが、また人を大切に思う行動に繋がるのですね。
やはり、ホスピタリティがサービス社会を変えていきそうです。
なんだか駄目ダメだと思っていた自分の人生に、ワクワク感が持てるようになってきました^^♪
「無償の愛」で自分を見る。
「無償の愛」で家族を見る。
「無償の愛」で友人や同僚を見る。
「無償の愛」で会社や世の中を見る。
見返りを求めない心で視ることから、新たな気づきが得られる様な気がします^^;
本当に自分の望む生き方をしているのか?
今回は私の心の弱さによる”他愛も無い間違いの恥かしさ”が、原因であった少年期の、ある言葉に辿り着きました。
原因が解かり、受け止めて新たな自分のセルフイメージの一つに追加する事で、私は心が楽になり前向きに考え出すことが出来るようになりました。
しかし、人によっては言葉が原因で無いことも有るかと思います。
不思議な習慣だったり、風習だったり、普通に考えて”なんかおかしい”ことだったりするかも知れません。
ポイントは、いつも自分が思ってしまうこと。いつも自分が無意識に行動してしまうことを、注意してみる。ことだと思います。
また、今回の様に原因がある程度特定できたとしても、それ一つが自分のセルフイメージを作っているのでは無いことを認識しなくてはいけません。人は複雑に絡み合った思い込みで、自分のセルフイメージを作り上げてると言われています。
私も今回の探求で、自分のセルフイメージを作っている、一つの絡まれた糸が解けただけなのかも知れません。
内向的な私の性根のReセルフイメージは、まだまだ時間が掛かりそうですT_T;
「天才は99%の努力と1%の閃き」なのだ。
最近見たTVドラマで、「神様のベレー帽~手塚治虫のブラック・ジャック創作秘話~」って言う番組がありました。
(見ました?良かったですょ^^♪)
そのドラマの中で、厳つい編集長が「あなたにも出来ますよ。僕に出来るんだから。」と手塚治虫氏の口癖を、部下に伝えた場面がありました。
私が感じたのは、漫画の神様と呼ばれた手塚治虫氏を、妥協をしない一生懸命な考えで行動させたのは「好きこそものの上手なれ」だったのではないか、と思うのです。
純真な素直な自分の気持ちを、一途に貫いた生き方に感動しました。
私もそんな純真な気持ちで、これからの人生を送りたです。チョッと残りの人生の時期が遅いですが・・・ ^^;
まとめ
○自分の性格の弱さを知る為には、幼少時代まで遡って探した方が良い
○嫌な記憶に振れた瞬間に、鮮明にその場面が頭に蘇える
○それは自分の深層心理に根付いている”わだかまり”
○”わだかまり”に到った原因を探してみることが必要
○原因が解かれば、大人になった自分だからこそ、客観的にそれを見ることができる
○大勢で仕組みに沿って動くことから、一人ひとりに向き合うのを大切にすること、を追加した世の中へ
○見返りを求めない心で視ることから、新たな気づきが得られる
○新たな自分のセルフイメージの一つに追加する事
○人は複雑に絡み合った思い込みで、自分のセルフイメージを作り上げてる
○神様と呼ばれても、妥協をしない「純真で素直な自分の気持ちを、一途に貫いた生き方」
まだまだ学ぶことが沢山です^^;
以前に紹介した「進化は心が持っている。 心の自動操縦システム!?」での方法で、また自分改革です^^;
今回は、ふとした切っ掛けで自分分析をしてみました。
もし同じような悩みを持たれてる方が居たら、参考にして頂けると、とても嬉しいです。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました^^♪

