こどもの頃に教えられたことを思い出してみると


「ご飯を食べるときには、いただきます。
 食べ終わったときには、ごちそうさま。と言うの。」

「おはしはこうやって持つの。」

「ひじをつけて、ご飯を食べるもんじゃありません。」

「音を立てて食べないこと。」


「ご飯粒は、残さず食べるのよ。お百姓さんが大切につくったものだから。
 ちゃんと食べないと目がつぶれちゃうんだって!」

と、食卓を通して教わったことが数多くあることに気がつきます音譜


それはもう、何度も何度も、口をすっぱくして言われたような記憶があるんですね。

3度の食事の度に、母や父の目の前で直接指導受けるわけですから
ある意味スパルタ教育です。

おかげさまで、基本的な食事の仕方を大人になっても
恥ずかしくない程度に無意識でも出来るようになりました。

時には脅しめいたものもありましたが(笑)

両親には本当に感謝していますキラキラ


両親から教えてもらったことを振り返ると、

食卓に原点があったように思います流れ星


なんてったって、

「食べる」 

という子どもにとっては、遊びと同じくらい大好きなものに

毎度、「食べる」度に何かを教えられていたような気がします。

それは、いつの日か習慣となり、

両親の目の前で食事をしていないときでも、

最低限の食事の仕方を出来るようになりました。


それは、食事の仕方に限らずそうかもしれません。


食卓を通して、

「今日は、こんなことがあった。」

「こんなふうなことが、面白くてやっているんだ。」

などなど、その日の出来事や興味があることなどを
自然と話しては、会話を通して、いろんなことを
学んだような気がしています。


現在では、子どものころから、両親が不在で、
食卓を家族みんなで囲んで食べる
という習慣がない家庭もあると聞きますが、

やっぱり、

教育の原点は

食卓にあると思います。


お母さん、もしくは、お父さんが愛情を込めて作った手料理を
ぐるっと丸く囲んで、

感謝を込めて、「いただきます」

と言う。

それは、ひとつの平和のかたちの象徴であり、
家族が育まれていくかたちだと思います虹


この食卓を通して、
私たちは、自分たちのカラダを育て、
子どもがいれば、子どもを育て、
家族を育みます。


みなさんの食卓には、どんな会話が溢れているでしょうか?


今日も、食卓に笑顔と平和が溢れることを願って晴れ

いつも、ありがとうございます!