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いちげんさんの「あまくらぶログ」

岩手県 久慈市 地元ヒロイン 「あまくらぶ」
写真や動画で綴ってみます。
ブログタイトルは、あまくらぶに関するブログであり、あまくらぶのログ(履歴)の意。

あまくらぶの卒業公演まで数か月。

原点に戻ると、あまくらぶデビュー時のコトバ...

”久慈市を元気にしたいと思い結成しました!”

が思い出されます。

なにかお手伝いできないかと、私の場合ですが、当初は応援うちわをつくったり、撮影画像やレポートをSNSやyoutubeで情報発信をしたり。
試行錯誤・暗中模索で、どうすれば、あまくらぶが、そして、久慈が元気になるのかをずーっと、ぼーっと考えていました。

結局、変化を感じたのは、8月の夏のビーチサッカー。
演じる側と、応援する側の双方向の共鳴っていうんですかね。
声掛けに即座に反応して、駆け寄るひとたち、一緒に歌い踊る一体感。

信頼感があったうえで成り立つ相乗効果。
まわりが、明るく陽気なスポーツマンがそろっていたこともあるのかもしれませんね。

あの場には、いなかったのですが、これだよなぁ~と思ったのが、あの日の記事や動画をみてからでした。

その後、あまちゃんサミットがあったり、潮騒のメモリーズとお座敷列車の再現とか、自ら働きかけ、考え、ともに楽しむことのたいせつさを肌で感じました。

あまくらぶの乗る三鉄に大漁旗を振って、あいさつを交わしたり、みんなが手を振る列車と自転車で並走したりと、とても楽しかったです。

そして、久慈・秋まつり。
大友良英さんという大きな存在、音楽の力、コラボ。
土風館という施設内から、久慈の街に飛び出し、久慈市内外のみなさんを前にしてのダンス、大太鼓、巫女姿などなど。反響もおおきかったはず。この時、知名度もあがったんじゃないかな。


そして、ずーっとどうするか考えていた文化祭では、同級生たちに声をかけ、結果として体育館全体での応援。
あまくらぶいん応援団長の出現・存在がとにかく大きかったですね。

学校内でこれだけ盛り上がるのなら...。
久慈全体で盛り上がったとしたら...。
って思った貴重な機会でした。

地元ヒロインとして、アイドルとしての商業的成功ではなく、まずは、地元や県内外のファンを巻き込んでの盛り上げがたいせつなことなんだなと。アイドルとして語られる部分をみかけるけど、そことはカテゴリ、立ち位置が違うような気がしてなりません。

あまくらぶを中心に、ファン一人一人が、一方的にあまくらぶに応援・声援を向けるのではなく、応援・声援を送る者同士が横につながって輪になり、縦にも横にも広げていくのが大事なんだなと。それを地域的に広げる。

そういう意味では、あまくらぶいんと呼ばれる仲間たちは、久慈での定期公演だけではなく、時には、盛岡。さらには東京ドームと。全国各地から集まっては、公演で応援し、公演後はみんなであつまって反省会という名の懇親会なんかを開いたりで、良い雰囲気を醸し出していると思います。
みんなが仲良くすることも、あまくらぶの願いだし。

そんな輪の中心となるあまくらぶの存在。

現時点でも、久慈市の久慈史に残る気がするのだけれど、もっと深く強く、みんなのココロに残ることができたらなと思う今日この頃です。

若い力と、やればできるってところをなんらかのカタチにできたならなぁ...。