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第1位 ピーチ・ジョン誕生秘話
(野口美佳社長、下着)
第2位 漫画家の収入 (佐藤秀峰さん、海猿)
第3位 楽天設立以前の三木谷浩史社長の話 (孫正義社長、増田宗昭社長)
第4位 ABCマート社長の現場力
(野口実社長、靴)
第5位 パワーハラスメントの具体例
(パワハラ、叱り方)
朝礼ゲーム
【参考記事:プレジデントロイター】
http://president.jp.reuters.com/
野地秩嘉さんの面白い記事がありました。
全国に約300店舗を持つ、お好み焼きチェーンの「道とん堀」は、朝礼に創造力をきたえるゲームを導入しているそうです。
1990年の創業から陣頭に立って会社を引っ張ってきた稲場裕幸社長の号令で、「規格外れの社員研修をやれ」と、月に1度、本部の全社員でテレビのバラエティ番組のようなゲームをやります。
稲場社長いわく、
朝礼で創造力をきたえるゲームを始めたきっかけは、企業には自己変革が必要だと感じたから。
うちのようなちっぽけな会社は常に何かを創造し、挑戦を続けていなければ生き残っていけない。
稲場社長が特に危機感を感じたのは「社員が大人しくなった」ことだそうです。
組織が大きくなるにつれ、みんな礼儀正しく、大人しくなり、研修をやろうと言っても、外部の会社に依頼したビジネス研修ばかりになって、社員からアイデアが出なくなりました。
創造ゲームを始めて2年、ゲーム自体は工夫されて面白くなりました。
しかし、稲場社長は「私の望みは創造ゲームが面白くなることではない。それよりも、『そろそろ創造ゲームをやめて、こういう朝礼にしたい』と、社員から新しい提案が出てくることを期待しているのです。企業は常に変わっていかなくてはならない。重要なのは自己変革なんです。」と語ります。
花王の創業物語
【参考記事:man@bow】
花王の創業者である長瀬富郎は、文久3年(1863年)、岐阜県恵那郡福岡村に生まれました。
上京した富郎は150円(現在の500万円ほど)を元手に米相場を張ります。
結果はあえなく失敗、無一文に。
やむなく日本橋馬喰町の和洋小間物商「伊能商店」につとめることにします。
当時の馬喰町には、マッチ、靴、洋傘、帽子、コーヒーなどの舶来品を扱う問屋が軒を連ねており、なかでも石鹸の人気は大変なものでした。
石鹸を庶民が手にできるようになったのは明治になってからのことで、当時の輸入品は大変高価でした。
富郎は明治20年(1887年)に馬喰町の裏通りに間口2間の「長瀬商店」を開いて石鹸と文房具の卸売を始めます。
しかし、石鹸の需要の広がりとともに粗悪品に悩まされるようになり、自ら石鹸製造に乗り出すことになりました。
富郎は国産品の悪評を払拭するため、敢えて高級な洗顔用化粧石鹸をめざします。 ちょうど仕入れ先の石鹸職人が独立したのをよいことに、長瀬商店専属として廉価品の製造から始めました。
商品の能書きに高峰壌吉博士(後にジアスターゼ発見で世界的化学者になる)の分析結果を記載するなど品質には絶対の自信がありました。
同時に富郎は高級舶来品のようにブランドをつけて売り出すことを考えていました。
商標を「顔」に通じる「花王」(出願時は「香王」)とし、半月印の口から花王石鹸の文字が出る図案も自ら描きました。
その石鹸を桐箱に3個を納めて35銭で販売します。
当時の輸入品の石鹸でさえダース28銭だったことを考えると飛び抜けて高価な商品でしたが、贈答用に重宝され狙いは当たりました。
その成功は販路拡大と宣伝に力を注いだ結果でもあります。
当時は上方と関東とは独立した商圏になっていましたが、富郎は関東に特約店を広げるだけでなく、大阪にも特約店を置きました。
この大阪の特約店が5年後に花王石鹸の44%を扱うまでに発展します。
また、100ダース以上につき1ダース0.5銭、1,000ダース以上につき同1.5銭という割り戻し(ボリューム・ディスカウント)を採用しました。
宣伝については、アメリカ人ジャーナリストに欧米の化粧品宣伝の実情を聞き、全国の新聞に積極的に広告を掲載しました広告コピーからレイアウトまですべて富郎自ら行います。
鉄道沿線に設置する野立看板の広告利用も花王が最初と言われています。
鉄道網が全国に広がると東海道線を皮切りに、関東沿線、東北本線、信越線へと次々に野立看板を立てていきました。
メガリークの脅威
【参考記事:ダイヤモンド・オンライン】
企業から大量の機密情報が流出するメガリーク。
インターネットと情報機器の発達で、企業の内部からかつてない大規模な情報の流出が相次ぎ、深刻な被害が広がっています。
世界的な事件として有名なのは、フランスの自動車メーカー「ルノー」が幹部社員3人を突然解雇した事件。
電気自動車に関する情報を巨額の金と引き替えに中国に流出させた疑いがあると報じられました。
他にも、最近テレビで取り上げられていましたが、以前にメガリークの被害にあったインターネットビジネス系のベンチャー企業では、46万人にのぼる会員の個人情報が流出。
会員や取引先からの信用を失い、取引が次々に停止されるなど、損害は2億円近くに上ったそうです。
流出が発覚したきっかけは、会員から寄せられた1件のメール。
怪しい勧誘電話がかかってきたので、早急に調査をしてほしいという内容です。
会社は複数の名簿業者から1000万円近くかけてすべてのリストを回収し調査を開始。
一緒に買い取ったCD-ROMの中に、消し忘れたと見られる同社20代の派遣社員の男性の名前がありました。
急成長したこの会社では、人手不足のため派遣社員にも重要な業務を任せ、会員リストにアクセスできるパスワードを与えていたそうです。
会社では現在も会員からの苦情が続いており、対応に追われ、心労を理由に10人の社員が辞めました。
情報を持ち出した男性は、「その頃、車検代や生活費などでお金が必要でした。それで、会員情報を売ることを思いつきました。」と語ります。
会員情報は家で仕事をするために無断でUSBメモリーにコピーして持ち出したそうです。
その男性がインターネットで調べてみると、情報を買ってくれる名簿業者はすぐに見つかりました。
「会社にばれることはないと思い、およそ50万円で売りました。情報を持ち出すのも売るのも、クリック1つでできました。あまりに簡単でした。」と話します。
情報は法律上の「モノ」とはみなされず、その持ち出しには窃盗罪が適用されないそうです。
国では不正競争防止法により対策を講じてはいますが、情報の管理体制に問題はなかったか、本当に機密性の高い情報といえるかどうか、などを企業側がすべて証明する必要があり、この1年で警察が摘発したのは
わずかに1件だけだそうです。
国の責任者は、法律の改正も含めて検討していきたいとしながらも、何より重要なのは企業の自己防衛だと強調しています。










