アカデミー賞
7日に米ロサンゼルスで発表・授賞式が行われた第82回アカデミー賞は、イラク戦争を舞台に米軍危険物処理班の活躍を描いた『ハート・ロッカー』が作品賞・監督賞など計6部門を制し、3部門の受賞にとどまった3D大作『アバター』に圧勝した。巨額の制作費が注ぎ込まれて興行的にも成功を収めたSF娯楽大作を、低予算の社会派作品が破った〝金星〟について、各国はどう報じたのか。
フィナンシャル・タイムズ・アジア版(英国)
9日付の英紙フィナンシャル・タイムズ・アジア版で、同紙コラムニストのナイジェル・アンドリューズ氏は、今年のアカデミー作品賞が『ハート・ロッカー』と『アバター』による事実上の一騎打ちとなったことについて、映画における表現方法の『陰と陽』の対決だったと総括した。
今年のアカデミー賞では、『アバター』に比べて『ハート・ロッカー』の制作費がはるかに低かったことなどに注目が集まったが、映画評論家でもあるアンドリューズ氏はむしろ、両作品で用いられた表現のスタイルが対照的だった点に注目する。
作品の中で真実を映し出そうとするのか、あるいは魔法の世界を描こうとするのか?ルポルタージュ形式をとるのか、架空の物語を作り上げるのか?世界で初めて記録映画を上映したリュミエール兄弟を踏襲するのか、それとも特撮技術を開発したメリエスを支持するのか―。アンドリューズ氏は、『ハート・ロッカー』と『アバター』の違いをこう列挙。両作品の対比は、映画の草創期から続く『陰と陽を物語っている』と分析している。
ただ、今回、『ハート・ロッカー』に軍配が上がったのは、表現スタイルの優劣によってではなく、『単純にすぐれた映画だった』からだと解説。『来年は、空想の冒険物語が、それほど出来栄えの良くない現実味のあるドラマを打ち負かすことも十分に考えられる。』と指摘している。
一方、アカデミー賞に対する関心低下を防ぐために今回、作品賞候補が従来の5作品から10作品に倍増されたことについては、『候補作が5つなら覚えられるし、噛み砕くこともできる。10はただの数字だ。』と切り捨てた。
北京青年報(中国)
土地の強制収用を想起させるストーリーにより、中国国内での通常版の上映が打ち切られた―などと話題を集めた『阿凡達』(アバター)の惨敗について、中国紙はどうとらえたのか。
過去最高の興行収入を記録した大作のよもやの敗北に、9日付の北京紙、北京青年報は『チケットの売り上げは驚異的だったが、内容の薄弱さを露呈した。』と切り捨てた。
同日付の北京紙、新京報も『アバターの意義は3D技術の難関突破にあり、その目的を達成するためにストーリーは妥協させられた。』と酷評する。いってみれば『内容のない娯楽映画』という位置づけだ。
中国でアバターに代わって上映された国策映画『孔子』は、根底に共産党政権への恭順を求める意図があった。それが政府への不満を抱える国民からそっぽを向かれたことをみても、拝金主義がはびこる中国では、政治的、社会的メッセージ色の強い作品は敬遠されやすい状況にある。
こうした中で、北京青年報は、アカデミー賞が近年、『品位』を重視していると指摘。『娯楽』としての役割と同時に、複雑性、深刻な出来事、生命の暗部を強調する作品に高い評価を与える傾向があると分析する。『ハート・ロッカー』の受賞に、中国国内でも『中国映画も真実に回帰すべきだ。『真実』の2文字だけが映画の中で廃れない。』との声が挙がっている。
『残酷な結果もアカデミー賞のシビアな一面を示している。自省や映画の尊厳を示し、人々の頭から流失した文化や思考を救い上げようとしているようだ。この意味では、アバターが引き立て役となったことも運命づけられていたもので、価値がある。』こう結ぶ同紙の評論は、中国映画界に向けた苦言にも聞こえる。
ニューヨーク・タイムズ(米国)
『アカデミー賞から一夜明けた業界関係者は、やっかいではあるけれども明確な、ある認識とともに目覚めただろう。』9日付米紙ニューヨーク・タイムズは、今回の授賞式を振り返って書く。『世界にテレビ中継された授賞式の模様は、アカデミー賞が直面するアイデンティティー・クライシス(自らの存在意義をめぐる混乱)が抜き差しならぬところまで来ていることを示した―』
同紙の論点は、こうだ。テレビに映し出される授賞式は、すべてが壮大で、みるからに華やかな、大衆受けするイベントだ。ところが栄冠を授与されるのはきまって、みるからにこじんまりとして、芸術を気取った地味な作品ばかりではないか。
アカデミー賞授賞式は、映画はもとより、音楽、テレビといったエンターテインメント関係の『賞シーズン』の締め括りとなる一大イベントだ。しかし、その視聴率はここ数年、低下傾向にあった。
危機感を抱いたアカデミー側は、人気回復のためにさまざまな手を打った。ブロックバスター(娯楽大作)が候補作に残るよう、作品賞候補の枠を従来の5枠から10枠に倍増させたのもそのひとつ。『そうした努力は実を結び、視聴率は前年より14%も上昇した。』
ところが、栄冠を勝ち取ったのは低予算の『ハート・ロッカー』。そのほかの部門でも芸術的作風の受賞作が目立ち、史上最大のヒット作となった『アバター』は完敗に終わった。『アカデミー賞は2つの顔を持っている。ひとつは大衆向けだが、もうひとつは業界向け。2つを同時に満足させるのは難しい。』アカデミーのトム・シェラック会長は、同紙のインタビューにこう答えている。