第4章

 第2節 あの高い所へ向かって

    春には花

 

 

 IMFの暴風(1997年に韓国が通貨危機に陥り、国際通貨基金(IMF)から資金支援を受けた結果、IMFにより経済引き締め政策が取られた―訳者注)が全国をくまなく通り過ぎて行く。

 不渡りを出した会社の社長は刑務所へ行き、あるいは自ら選んで天の国へ行ったりもする。IMFがやって来るまでめちゃくちゃな経営をしていた者たちはいい暮らしをしているが、とんちんかんな人たちばかり罪なく泣いている。

 修羅場、地上の地獄のような混乱した世の中であっても、人間の心は牛の筋のように堅く、泣きもしない。舌打ちもしない。実に健気だ。なぜか狂いもせず、よく耐え抜く。

 

 春は今年も(たが)うことなくやってた。実際のところ、人間の狂乱は自然の運行と何か関係があるだろうか! 東学革命の時も春は訪れ、日本植民地時代にも、6.251950625日に勃発した朝鮮戦争のこと―訳者注)の時も、4.191960年に李承晩政権を倒した民衆革命―訳者注)の時も春はやって来たので、来年も春は来るし、100年後も春は変わりなくやって来るだろう。

 山に野に花は咲く。ツツジやレンギョウが見事に咲く。農家の庭にも、都会のセメント塀の壁にも花は咲く。あるいは(あんず)の花、桃の花、モクレン、ライラックがあちこちに咲く。果樹園のリンゴの花、野山の桃の花、兵役幕舎のアカシアの花、学校花壇の牡丹の花、都市の花屋でもカスミソウやフリージアの花が咲き笑っている。人間が住む混乱した世の中で速く時が過ぎて行っても花は咲くのである。

 ある人たちは春が来たと言ってファジョンノリ(花煎遊び~野遊びの一つで、花煎を作って食べながら踊ったりする婦女子の春の遊び―訳者注)をしに出かける。

小白山のツツジを除いて、鎮海(チネ)の桜の花見から東來(トンネ)の野山のツツジの谷間まで人々は春を迎えて遊びに出かける。

 

 

 しかし、ある者はごろつき政治に余念がなく、またある者は給料が少ないと言って工場でストライキに参加し、ある者は証券相場にばかり注視していて、人々が餓死しようがしまいが、花が咲こうが咲くまいが、花の匂いが飛び散ろうが飛び散るまいが、我関せずである。このような画一的になれず、却って混乱に陥り、好き勝手に突き進んでいる現実、これこそが本当に一糸乱れぬ自然的な秩序であるのかもしれない。

 花が咲けば一緒に喜び、花が散れば一緒に泣くつつましい純真な心がどうして必要だというのであろうか! 皆が自分の主義に従って生きていけばいいのかもしれない。しかし、世の中にはご飯を食べないで生きている人はいない。息を吸わないで生きている人もまたいない。顔や性格が皆違っても、この生命の法則までは逃れられない。したがって、この春は皆が花を見に行かなければならない必然的理由がここにあるのである。

 もし善良な夢を抱いている人がツツジの咲いた八公山の東峰に登ってみれば、政治がばかばかしく感じられるかもしれない。あるいは土地投機屋の社長が開浦洞(ケポドン)(ソウル市江南区にある町名―訳者注)にある土地を見に行く途中、漢江の堤防に咲いているタンポポでもしばらく眺めていたら、財閥などつまらなくて居酒屋へでも行くかもしれない。

 

 誰かがモクレンの木の陰で『若きウェルテルの悩み』(青年ウェルテルが婚約者のいる身である女性シャルロッテに恋をし、叶わぬ思いに絶望して自殺するまでを描いたゲーテの小説―訳者注)を読んだそうだ。レンギョウが成長して垣根になった農家の平床(へいしょう)(木製の縁台で、日本のものよりは大きい―訳者注)でタッペギ(生マッコリの一種―訳者注)を数杯飲み干したら、武陵桃源(俗世間からかけ離れた平和な別天地、理想郷のこと。―訳者注)がそこから見えるかもしれない。俗離山の渓谷が流れるツツジの落花流水に足を浸して座っていれば、哲学があなたの胸にきらめくだろう。人間は忌まわしいことであれ、良いことであれ花を贈る。白い菊の花にあなたが埋まる時、赤いカーネーションの香りが鼻先に漂う時、あなたの心は平安を得るだろう。

 

 皆自分の父親が違い、故郷が違うけれども、花を愛でるのは人間の本能である。

 万事を停止して、花を見に行こう。春は花だ。墨汁が付いた指を小川の水で洗い、土が付いた足は払い、花たちの教えを聞こう。本能が抑圧された人間の行く道には病気が待っているだけである。自分の黒い目は自然のシンボルである花の香りで見開こう。そして花たちの遊戯を見、花たちの合唱を聞いて、私たち皆が健康を享受しよう。

 

 

 

推薦のことば

 

朴仁浩

(大韓神経精神科学会次期理事長・カトリック医科大学神経精神科教授)

 

 人が人生を生きて行く間に最もつらく苦しいと感じるのは、何といっても心と体が病気になった時であり、その中でも心の病気である精神疾患は、身体の苦痛と共にうつ、不安などのつらい感情や、時には取り留めのない混同した考えなどで心の苦痛を感じる疾病である。

 たいてい精神疾患は、熱心に治療を受けてもなかなか治らず、治るとしても数ヶ月あるいは数年かかる慢性的な病気である。このため患者は自分の病気が早く治らないと気が焦り、時には敏感になり家族や周囲の人たちにイライラし、不平を言って疲れ果て、自ら治療を中断しがちであり、また治療を助ける家族や医師は患者が自分の病気に無知で、治療を少しも受けずに病気が悪化するともどかしくなるものである。

 

 実際に、慢性的な経過を経る精神疾患を病んでいる患者やその家族は、自ら「半医師」にならなければならない。治療を行う医師と一緒に自分が患っている病気がどうして生じたのか、また、どんな治療を受けなければならないか、病気を治療する過程や経過はどのようになっているかを正しく認識し、きちんと対処してこそ自分が患っている病気との戦いに打ち勝つことができるようになるのである。

 実際、多くの患者や家族がこうした意味から努力を傾けてはいない。また、実際の治療方法を見ると、主治医は治療は後回しにして、虚しい名望家を目指して病気に対する知識や情報を得ようとするため、病気を患っている患者と治療する医師は同じ病気に対して同床異夢になる。

 

 

 この本を書いた権永在先生は20年余り精神科医を勤めながら、かなりもどかしい思いをしていたようだ。普段患者を診察しながら感じていたもどかしさと尽きることのない情熱を声高く叫んでいたけれども、結局その特有のウイットときらめく才智を混ぜ合わせて1冊の本を編んだことで、ますます患者の側に近づいたような印象を受ける。

 この本は精神疾患で苦労している方たちにとって親密な隣人あるいは優しい主治医としての役を担うだろうと思われ、さらには他科を専攻する医師や医学徒たちにも精神科という学問や精神疾患に対する理解・手助けになるだろうという期待もしている。

 

 

 

 

翻訳者より

 今回で韓国の権永在(クォン・ヨンゼ)博士の著書『精神健康クリニック』の翻訳は全て完了いたしました。平成28年(2016年)4月から始めたこの本の翻訳のブログもついに最終回を迎えました。これまで読んでくださった全ての方たちに厚く御礼申し上げます。私も翻訳をしながら精神疾患に対する関心と知識を多少なりとも得ることができました。

 また、権永在先生にはブログに掲載することを快く承諾してくださり、本当にありがとうございました。権永在先生の今後ますますのご活躍とご健康を心よりお祈り申し上げます。