「は〜よく玲於もついていくよな〜」
私と玲於君の間に一つの会話もない
私は隼の言うことを無視して道路の石を見つめて、ただ足を動かす
玲於君もその私に付いてくる
普通の人からしたら男の子と女の人が無言で歩いているだけ
姉と反抗期の弟みたいな
でも本当は違くて
実際私を真ん中に右隣には隼、そして左後ろには玲於君といった状態
隼は黙ったままの玲於君を時折見ては、切なそうに表情を少し歪めた
すぐそこにお互いの会いたい人がいるっていうのに、彼はそれに気づかない
その光景は私には耐え難いものだった
だって私は二人が喋っている姿を知っているのだから
どんな口調だったのか、どう笑っていたのか
二人は本当に仲良しだったんだ
「あ、このマンション」
指をさして振り返る
玲於君はそれを見上げて、うんって頷いた
それでもまだ私を少し疑っているような感じ
「お姉さん、ちょっとでも変なことしたら警察呼ぶからね」
「本当にそんなことしないって!大丈夫だから本当に!」
「玄関の鍵開けといてくれる?いちおー怖いし」
「うん…」
まあこんな独身女が高校生男児を家に招いたら、疑うよね〜
ロリコン男の子趣味なのかと
それに玲於君は綺麗な顔立ちをしている
白くて、綺麗な目とか。醸し出す雰囲気が美しいよね
もしかしてさらわれそうになったことがあったとか?
マンションのロビーを過ぎてエレベーターに乗り込む
10階のボタンを押す手を、玲於君はじっと見ていた
彼は私が自分の部屋に辿り着くまでずっと、私を品定めするように見ている
隼は心配そうに私と彼を交互に見た
鍵を財布の中から取り出して玄関の扉を開けた
「どうぞ」
玲於君はぺこりと小さくお辞儀をして中へ入る
隼もそれに続く
約束通り私は鍵をかけないで締める
先に中に入った玲於君は、リビングの真ん中でキョロキョロしながら立っていた
「ソファ座ってて。飲み物出すから少し待って」
冷蔵庫からオレンジジュースを取り出してグラスに注ぐ
小走りにリビングへ戻って、ソファの前のローテーブル
彼の眼の前へと置いた
「ありがとうございます」
「玲於、お礼言えるんだ笑」
なんて、隼は絨毯の上に座ってソファに頬杖つきながら茶化す
そんな彼に私は肩をすくめて、夕食作りにキッチンへと戻る
今夜はインド風のチキンカレーだ
.
.
.
ことことと鍋の中のカレーが音を立てた頃
もう夕陽が部屋の中を満たしていて、オレンジ色に染まっていた
気付けば玲於君はソファの上で寝ている。
警戒心どこいったんだ…
隼は玲於君のそばを離れて、
キッチンにあるカウンターの椅子に座って、料理をする私を見ていた
「なんでそうやって簡単に料理ができるの〜?」
今はご飯よそってるだけですけど
「一人暮らしが長いとなんでもできるようになるのよ」
「悲しき独身女性の運命かな…」
「うるさいわ」
カウンターに身を乗り出して隼の方へふざけてパンチ
隼は腕でカバーしながら笑った
スカッと私のパンチは彼の腕を通り抜けて、少し冷たく感じただけ
「暴力的な女はモテないよ〜」
「こんな女を愛する人もいるもーん」
鍋のふたを開けると、ふわっとカレーと少し隠し味のヨーグルトの香りが漂う
菜箸でチキンに穴を開けて割ってみると、完全に火が通っている様子
野菜も柔らかいし、もう食べ頃だろう
おたまでカレーをかき混ぜると一つすくって、お皿の上のご飯にかける
「さ〜てできた」
「うわうまそ!!いいな〜僕も食いたいい!!」
「ドンマイとしか言えないわ」
「唐揚げ!唐揚げ作ってよ〜大好物だから」
「作っても食べれないじゃん」
「そうだけど..ううん,,,」
両手で顔を押しつぶして、ぶ〜って顔して。
そんな顔を私はおたまで叩く
「うえっ汚れるじゃん」
「汚れないでしょ」
「気持ち的に!」
「ふふ」
笑った私を今度は隼がパンチ
冷たい霊気が私の頬をかすめて、隼は嫌がる顔をした私を笑った
二つのご飯にカレーをかけて、それを両手に持って運んだ
リビングの食事を食べる方のテーブルに運ぶ
そこには私ともう一つの椅子がある
一人暮らしだと大体そこには人は座らない
今日は久々のお客だ
「玲於君、ご飯できたからそろそろ起きて〜」
「んん…」
唸りながら彼はソファから起き上がった
カレーの匂いに気づいたのか、テーブルの方を見た
「カレー…」
「うん、カレー好き?」
「そこそこ」
席の方に歩いて、椅子を引く
私も座ろうとそちらへ歩くと、玲於君は席に座らずに私をじっと見た
「何?」
「誰かいた?」
「「え?」」
カウンターの席に未だに座る隼も私と同じ反応
「いないけど…」
「じゃあ電話かな?誰かとしゃべってるように聞こえたから…」
「あ、あ、そう!!弟からの電話!!あいつ私のこと大好きでさ〜あはは〜」
「へえ...じゃあいいや」
席に着くと、いただきますって言ってスプーンを手に取った
よかった、ごまかせたみたい
「弟ってなんだよ。こじつけすぎでしょ」
ぶーたれる隼は置いといて、私も席に着く
カレーの味はいつも通り私の味
玲於君は何も言わずカレーを食べている
まずくは…ないよね?
.
.
.
「でさ、お姉さん」
「うん?」
もう直ぐでカレーも食べ終わる頃
玲於君はこちらを見ず、チキンをつつきながら口を開いた
「隼、俺の靴どこに置いたって?」
「ああ、エアジョーダン?ベッドの下らしいよ」
そう言うと驚いて開いた大きな目で私を見る
「靴のメーカーまで教えたの?」
「玲於の一番のお気に入りじゃん、僕けっこう大事に履かせていただいたよ」
隼がカウンターの席から身を乗りだして、私の耳元で言う
「玲於君の…一番のお気に入りなんでしょ、それが。隼が大事に履いたって」
「ただ、もうちょっとサイズが大きければよかったけどね。玲於の足小さいんだ、僕に比べて」
「ただ、もうちょい玲於の足が大きければねって。隼には少し小さかったみたい」
「…うるうせえよ」
玲於君は笑った
笑って一度両手で顔を覆う
「うるせえって、死んだくせに」
笑い声がだんだんと泣き声のようになっていく
「隼…」
涙を両手で押さえながら、彼はおでこをテーブルの上に押し付け
彼の手の間からは涙がこぼれていく
掛ける声もない
失った人は戻らないし、私は彼のような経験をしたことがない
隼は玲於君をじっと見つめて何もできずにいる
声を殺して泣き続ける彼を私はただ見つめることしかできなかった
.
.
.
彼がまた話し始めた頃
もう日は暮れていた
「お姉さん、俺、隼に言わなきゃいけないことがあったんだ」
「うん、なあに?」
「…俺さあ、この街から引っ越すんだよ。父さんの仕事の関係で。隼が事故にあった日、俺はそのことを言うつもりだったんだ」
「は?初耳なんだけど」
隼が立ち上がって玲於の隣へ駆け寄った
「なんで言わないの?玲於、なんで早く言ってくれなかったんだよ!!」
そんな声は届かない
「なんで早く言ってあげなかったの?」
「俺と、隼はダンスのパートナーだから。これからいっぱいダンスの大会出るって、二人でプロになるって約束したのに。なのに...こんなこと言えなかった」
「玲於の馬鹿野郎…」
隼は玲於君の手を殴る
霊気を感じたのか、かすかに玲於君は左手を動かしたけど隼には気づいてない
「でも行ったほうがよかったよな。だって結果は変わらねえんだもんな、あいつとはもう踊れない。それは変わんねえよ」
隼の後悔ってきっと玲於君のことだ
彼にとって隼はパートナーで、隼にとっても唯一の存在
この子たちはきっとお互いのことについて後悔していて、違わなければいけなくなった
もし、彼が現世に残ることになったとしたら
玲於君だけが唯一の心残りだろう
隼は俯向く玲於君をしっかり見つめて、泣いていた
お互い見ている方向は違うけれど
お互いを思う気持ちがはっきりとそこに見えた