私が不登校したときに どうして詩を大事にするようになったかなのです。
札幌から転校後1か月。GWを境に行かなくなって、ドアとベットの間に本を置き、自室で籠る。
親父が帰ってくると 必ずドアをめぐる諍いが絶えなかった。
そんな私がなぜ 詩を書くことをやり始めたのか?
確かにT先生からの一冊の本が届けられてはきたけれども、 当初全然読もうとしなかった。
それが母が良い詩があるよ 読んでみてごらんと言うので 読んだわけだけれども、読んだ
後のその感情のゆらぎ・・・自己表現できる詩と思うに至る経緯の微分的な解析が どうも
うまく行かない。 だけれども、その結果今の私がいる。
「ここの泉」「空」はそれに挑んだ形に一応なっているけれども、うまく行ったかどうか分からない。
14歳の私が苦しんだものは何だったのか?
障碍認定としては当時は、難聴でしか取れていなかったし、しかも6級。補聴器も音だけが大きくなるだけのアナログ補聴器。コミュニケーションなどもうまく行かなかったろう。
親は体育・図画の成績などどうでもいいと言う考えだったろうが、出来ない自分をみなはからかう。
そういう親子の感情のずれみたいなものがあったのだろうか?確かに私は子供の世界に大人が介入したところで、事態が良好になったことなど 皆無だとそのころから分かっていた。
ジャニーを私に被せる人が昔からいたし 私もそう思ってもきたが、やはり違うのだろうなと言う感じがする。確かに似てはいる。私小説のジャンルで言えば許容範囲なのだろうが、そこは私としてもっと抉らないと、しっかり考えないといけないんじゃないか。
そこをしっかり見つめなおすには、どうしたらいいのだろうか?
ジャニーが大人になったとして、さらに徹底的に私を見つめなおす対象としての誰かを童話の中に登場させて歴史を重層化させてみたくなった。
それができれば、この今の私の時空に起きている18歳の心理にも 少しでも近づくのではないか なぁ 閉塞感・・・。だろうか私が知りたいのは・・・。言葉が言葉として体をなさない世の中にあっての私のささやかな抵抗か?