昆虫採集をよくしたという人は結構多いと思う。

小学生の頃と期間を設けてみると殆どの人はそれで収まるのだろうけど、僕は中学生までは夢中で追いかけたな。

高校に上がる時には思春期もあって恥ずかしく感じて行かなったけど、無花果の木の傍らを通りかかった時には鼻を効かせて奴等の有無を確認したものだ。

そう奴等とは天牛。カミキリムシの事だ。

僕の育った街に棲息する奴等の中でも一番出会う機会が多いのはキボシだ小さな背中に黄色い斑点のある可愛いらしい奴だ。

二番目が難しい。昭和60年まではゴマダラを見かける事が多かったのだが、突如としてその姿を見かける事がなくなり、かわりにクワが幅を利かせてきたのだ。

まぁ、あとはどれもそこそこには確認出来た。

昭和60年の夏休み、小学5年生の僕は退院出来ていた事もあり、家での夏休みを満喫していた。勿論昆虫採取の方だ。無差別に子供ながらの乱獲である。

目の前を飛んでいくもの、搔きわける草の摩擦に身を隠すもの、樹皮の裏側に潜り込んでいくもの様々である。

ご近所さんの家の庭や花壇、植木の様々な場所を捲りほじくり返して…許可は取り付けてですがある意味では害虫駆除なのかも。

ここ尾花さんの裏庭には沢山の植木鉢に様々な花が育てられていて多種の蝶が集まる名所だ。しかし尾花さんは勿論花を大事にされているのでここでの蝶の採取は不可能だ。

ただ、ここには枯れかけた老木が二本。それも無花果の老木が辛うじて葉をつけて何やら甘い香りを撒き散らしているのだ。

この甘い香りが重要で決して無花果の匂いではなく、奴等の糞の匂いなのだ。横を通るだけでぷわ〜んと漂っている。

この老木、これ以上大きくならないよう高さは170cm位で切られていて、小学生の僕にも扱いやすい。

ただ今日まで一匹たりとも採取出来た事がなかった。確実に匂いの痕跡はある。穴という穴から葉の裏、根元の柔らかい土を掘ってみたりと手を尽くしてきた。

いない。いた事がないから、今日もいない事の確認に来たようなものだった。

でもそんな時だから出会えたのだろう。

この化け物に。

このデカ虫に。

いや、今までもひょっとしたらいたのかもしれない。あまりにも悪ふざけが過ぎた大きさなのだ。

深呼吸もした。

何度も見つめなおした。

覚悟をして右手を伸ばして木の上の方、150cm位の位置に堂々としている背中を鷲掴みにした。

ギィュ

動かない。
経験した事のない力強さにオブジェか彫刻かと思い、迷わず手を離した。

動いていない。

子供の体感で10分はそこで悩んだ末に一旦帰宅する事にした。

どう考えても納得できるサイズではなかった。楽に20cmを超えるカミキリムシなど聞いた事もなかったからだ。触角を入れた大きさなら…いや触角を入れると更に大きいだろう。頭からお尻までで充分に20cmは超えるカミキリムシ。背中には大きな薄黄色のスジが縦に数本走っている。その個体はシロスジカミキリムシで間違いないだろう。

帰宅した僕は持っている昆虫の図鑑で何度も何度も開いてみた。サイズが違い過ぎる。そこには7cm〜12cmとある。稀にこんな事もあるのかと思いながら再度尾花さん宅に向かった。あれから1時間は経過していたのでいないかもしれない。

いなければ勘違い、見間違い、妄想などの納得出来る言い訳が待っている。

しかし待っていたのはあのデカ虫だった。

もう採取するしかない。
するべきだろうと意を決して虫籠の入り口を開け歯を食いしばり、ぐっと息を止めて手を伸ばす。右手でしっかりと掴み、手首を左右に捻ってデカ虫の右手左手と順番に一つずつ樹皮から外していく。掴んだその時からギョエギョエと鳴きながら体を捻る。

余りのデカさに恐怖が押し寄せる。捕まえてしまって良いのかとか、祟りがとか、実は妖怪なのかとか思えば思うほど吐き気しかない。

体感としては5分くらいだろう。右手に鷲掴みされたデカ虫はとても虫籠の入り口からは入れない。長さ25cm巾12cm高さ15cmの虫籠の上蓋を丸々外して中にそっと置いた。まだ鳴いている。

虫籠の中のデカ虫はその大きさと虫籠の小ささが更に不気味さを強調するように思えた。

浮ついた足取りで帰宅した僕は早速全長を測定した。結果は22cm。夕方16時ごろだったと思う。

まぁ母親からは気持ち悪、の一言だけで終わった。
他の家族からは何の関心もなかった。

僕にとっては大事件なのだが、周りには無関心な出来事なのだとつくづく感じ、逆もまた然りなのだと理解した一日であった。

僕が中学1年生の夏までこの老木とは毎年付き合った。毎年デカ虫を採取させて貰ったが、何故だか必ず一匹しかいなかった。雌なのか雄なのか今となって覚えていないが、夫婦でいるような事は見なかったが、必ず子孫はそこにいた。サイズは毎年小さくなって最後の年は17cmまで小さくなってしまった。

それでも大きい。

思春期に飲み込まれた僕も流石に昆虫採取を子供っぽく感じてしまいやめてしまったが、今もこんなデカ虫はいるのか興味がある。また会える日を楽しみにしています。