ここ2週間ほど仕事において、人にものを教えるという経験をした。
教えるというとおこがましいが、
つまり、時計の組み立て方や、たくさんの部品がどこにどうセットされるか、
あるいは、基本的な作業手順書に記載されていない技術的な問題への
対処法といった、一連のアドバイスというところである。
どんな仕事でもそうだと思うが、特に時計のようにモノをカタチにする仕事の場合、
人から教えを乞い、そしてまた次の人に伝えていくことが、日常的に繰り返されている。
そして、それが豊かな時計の歴史を築いてゆくのである。
経験の浅い時計師にとってそれはひとつのチャレンジであり、
逆に今まで自分がどれだけ理解してきたのかを確認するための触媒になる。
けれども、まずなによりも難しい事はフランス語でコミュニケーションを
取らなければならないということ。
さすがに、日常会話程度ならばどうにか通じるようにはなってきたが、
発音は悪いし、文法もデタラメで話している事が多々ある。
さらに専門的な会話、ましてや仕事なので曖昧なことでは済まされない。
今までは教わる立場だったので、とにかく相手の話を理解することが
第一だったが、今度は相手に理解してもらわなければならない。
言葉の表現はいろいろあるので、これがまた一苦労。
たとえば、時計の歯車を組む際、
上下がわずかにガタつくようにしなければならない。
そうしないと歯車が上手く回らないので、結果的に欠陥がでてしまう。
日本ではこの「ガタ」のことを、
「あがき」とか、「遊び」、などと言っているが、
フランス語では、それぞれ、
「partagement」、「jex」、と呼び、
だいたい「100分の数ミリ」(quelques centiemes)という単位で調整される。
ひとつの作業に対していくつもの言葉があるので、聞かれるときは
頭を冷静にしておかなければついていけない。
その彼は昨年に入社してきてから私とは別のモデルを担当しているのだが、
生産の関係で、少しの間、私の担当モデルをやることになった。
たまたまアトリエが同じだったので、教えることになったのだった。
彼は前職で某一流メーカーの高級ラインを担当してた経験があり、
理解力が早くて助かったのだが、
質問も多いし、理論を常にもちだすので、ある意味大変。
プライドと、自分の理解力や経験を惜しみなく表現するところに、
ヨーロッパ人の特徴を実感する。
とりあえずは、なんとかカタチになったのでほっとひと安心という今日この頃である。