ファレル・ウィリアムズとカニエ・ウェストの登場で、ヒップホップは大きく方向転換した。モダン・アートやハイ・ファッションと接近し、単に金を稼ぐことから、その金をセンスよく使うことに興味がシフトした。このアルバムが出たくらいの時期にカニエ・ウェストのブログをフォローしていたが、ヒップホップの話題は皆無で、その代わりに世界中のデザイン建築やデザイン家具の写真がアップされていた。

 

 MTV アワードに泥酔して現れてテイラー・スイフトのスピーチに乱入したり、アメリカ大統領選への出馬を表明したりと、ある時期から「お騒がせセレブ」になったカニエだが、音楽的には常に充実している。ただ、世間の期待や新鮮さといった面からは、このアルバムがピークだったのではないか。何より、ケンドリック・ラマーがまだシーンにいなかったのが大きい。

 

 ヒップホップは、2台のターンテーブルを使ってファンク・ミュージックの間奏(ブレイク・ビーツ)を延々とリピートし、その上にラップを乗せることで始まった。その後、ドラムだけでなく、ベースラインやコードをサンプリングすることに発展するのだが、このアルバムにおいてカニエはヴォーカルをサンプリングして、その内容に応えながら曲を作っている。

 

 例えば、このアルバムの「Champion」という曲では、Steely Dan の「Kid Charlemagne」という曲から、「Did you realize that you were a champion in their eyes ?(彼らの目には君がチャンピオンに見えてたって、気づいていた?)」というフレーズをサンプルしているのだが、それに対して「Yes, I did.(ああ、気づいていたさ)」と答えてから、セレブとしての自分の生活や考えをラップしている。

 

 このアルバムのジャケットは村上隆が手がけている。村上が手がけたスパーフラットという芸術活動に反応したのは、現代美術の蒐集家であるマーク・ジェイコブズで、自身がクリエイティブ・ディレクターを務めていたヴィトンのモノグラムを村上にデザインさせて大ヒットを飛ばした。ファレルやカニエが村上に接近したのはその影響だと思うが、ヴィジュアル面でもクリエイティブなことをやろうとしたヒップホップ・アーティストは他にはあまり思い当たらない。「Good Morning」の PV を村上隆が作ったが、これはあまりマッチしていない。FPM と作ったヴィトンの宣伝動画(「Different Colors」)の方が良い。まあ、これは細田守の作品と言った方がいいのかもしれないが。

 

 カニエのラップは歌詞が聞きやすく、ブランド名を散りばめているのがポップだと思う(ブランド名を文章に入れるとポップになるというのは、スティーブン・キングが「書くことについて」という作品で説明している)。字余りや字足らずが割と多くて、それを「Damn」や「Uh」という感嘆語でまとめるのもカッコいい。

 

 77年のカニエ・ウェストは、このアルバムを30歳で作った。その後、母親の死や恋人との別れについてロボット・ヴォイスで唄う「808 & Heart Break」というアルバムを作り、リアリティ番組のスターであったキム・カーダシアンと結婚して、大統領選挙出馬への意欲を示し、奇人としての人生を邁進している。ただ、繰り返すが音楽は常に素晴らしい。