⽇頃より学習院⼤学アメリカンフットボール部の活動にご⽀援、ご声援をいただいております保護者の皆様、OBOG の皆様、学校関係者の皆様に、この場をお借りして感謝申し上げます。
今後とも変わらぬご⽀援、ご声援のほどよろしくお願い申し上げます。
今年度主将を務めた小木曽太建です。
今年のブログも僕でラストなりました。
最後の締めにふさわしいような文章かけるか怪しいですが、このブログを書きながら今の僕の気持ちを残したいと思います。
1度目を通していただけると嬉しいです。
入れ替え戦がある前提でこのブログを書いてたので少々書き直して皆様にお届けいたします。
ほんとにやりきった。
この一言に特に最後の1年、全て詰まっていると言っても過言では無いです。
毎年シーズンが終わりに近づくにつれて、更衣室で着替え、世の中いよいよクリスマスだとなっている、年の瀬にアメフトを知らない人からしたら戦闘服にしか見えない防具を持ち、タンクトップ姿の僕には暖かすぎるコートにマフラーをつけてる通行人の人々からすれ違いざまに浴びせられる冷たすぎる目線でさらに寒くなりながら、北グラに向かうのも気づけば今年で最後かなんて思う時期になってしまいました。
高校までは本当に野球一筋でやっていました。
一般クラスだったが、勉強も最低限、赤点を取らないように赤点取ったら、高校の教師もやっていて肩幅が甲南のOLよりもでかい鬼みたいな監督に図書室の奥の方に狭いある防音の部屋で赤点報告をするのが嫌すぎる。
監督の授業で赤点取ろうものなら3年間終了。
それだけは回避しないといけないそのためだけに勉強して、その他の時間は部活に打ち込むそんな高校球児でした。
コロナの時期とも重なり、完全にやり切ったと言い切れないもやもやした思いを抱えたまま夏の大会、指定校の受験が終わり気付けば入学式を迎えてました。
野球部の体験に行きましたが、あんまりしっくり来なくて、野球部がしっくり来なかった以上、このもやもやを解消するには高校の頃全校応援で見て少し興味のあった、アメフトしかないと思ったので、正直ほぼ入部しようと決めていました。
新歓を何も知らない僕は、高校名を言ってたらクラスメイトのアメフト部がすごいだけなのにちやほやされ囲んでくる先輩達がどんどん増え、乗せられているのに気付くこともなく素直に入部しました。
今ならわかる。
あれは絶好の獲物を逃すまいと狩りをするやつらの目だったと。
と言ってもすごくいい人たちだったので、入部後は何の問題もなく少しずつ雰囲気にも馴染んでいき、高校時代から筋トレを少しやっていたので基準をクリアしてみんなより少し早く実戦形式の練習に参加出来たり、試合にも出れました。
初めて試合に出た甲南戦。
まだ塗装もしてない白いヘルメットで周りの先輩達に比べると一際細く明らかに浮いてるやつのファーストプレーは、目の前でファンブルが起きてリカバーできるかというすごいプレー。
結果は僕はボールに遊ばれ、取り逃したところで先輩がリカバーしました。
当時はこれがどんだけすごい確率か全く理解してませんでしたが、振り返ってみるとリカバーしてたらもうエンドゾーンもすぐそこでタッチダウン。
交流戦の甲南戦で初プレーの白ヘルの1年がリカバータッチダウン。
まじで伝説だったと思います。
悔しいです。
先輩ナイスリカバーです。
あとはブリッツなのにこっちが青天しました。
意味がわからなかった。
こっちがスピードつけて当たったのに。
相手は2歩くらい下がっただけでこのざま。
今は笑って話せるけど、当時はかなり悔しかったことを覚えています。
それまで春シーズンの2試合くらいずっと先輩達が出てた試合を見ててうずうずしてたのに、いざ出てみたらほんとに手も足も出なかった。
これはこのままじゃ今年試合出れないなと感じたそんな初試合でした。
それからはもっと先輩達の力なりたい、アメフトについて教えてもらうだけでなく、もっと勝つための話がしたい思いがどんどん強くなり、筋トレ、食事はもちろん、コロナで隔離されてる先輩にzoomで同期と夜中までアサイメント教えてもらうように押しかけたり、夏合宿では夜食食べた後、ディフェンスのメンバーでスイカ1つ丸々食べながら?笑
本音で話し合ったり、どれも大切な思い出です。
しんどいこともあったけど無我夢中でアメフトにのめり込むのはとても楽しかったです。
合宿も終わってシーズンが近づく中、少しずつ練習でも存在感を出せるようになり、できることが増え、どんどん上手くなっていくのが自分でもわかった。
あの100×53ヤードのフィールドの中で小さい自分の手の中にインターセプトして初めてボールが収まったあの感覚、受けたタックルではなく倒しに行くタックルができたあの感覚、みんなが笑顔で囲みに来てくれるあの瞬間、ただの練習のワンプレーかもしれない、それでも僕がアメフトの魅力にどハマりするには充分すぎるほど、一生忘れない瞬間だったと思います。
先輩方ありがとうございました。
秋シーズンになって、スタメンで出場させてもらってたり、色んな場面を経験させていただいたて、この4年間の基盤が出来た1年だったなと振り返ってすごく思います。
当時の4年生の執念に圧倒、魅了されたそんな1年目でした。
オフシーズンも怠けすぎることなく、やってやるぞと気概を持って迎えた2年目、春シーズンに怪我をしました。
後十字靭帯損傷。
あと1ミリずれてたら手術だったよ。と、
小木曽の1ミリが起きました。
ずっとアメフトをしてるみんなを横目で見ながらグラウンドでリハビリ。
羨ましかった。
楽しそうにアメフトをやる姿になんで自分なんだと何度も思った。
早くグラウンド立ちたい想いを胸にしまって、夏合宿直前までずっとリハビリをして復帰。
消えかけてしまったあの頃の感覚、思い通りに動いてくれない膝、復帰してからの方がしんどかったかもしれない。
いきなりの合宿は体力的にもかなりしんどかったです。
そんな中、合宿途中でバスで移動して挑んだ試合。
変な人達がグローブを色違いにしてたあの試合。
復帰して最初のプレーでインターセプトをした。
最高の気分だった。
これだ、この瞬間のためにここまでしんどいリハビリ頑張ったんだと。
アメフトができる喜びを心の底から感じた合宿でした。
そうこうしていたら気づいたら秋シーズンが始まっていて、気づいたら途中でSFをやっていたり、気づいたら下の入れ替え戦を戦って、なんとか勝ちきった。
井川さんに薦められてオールスターにも出た。
色んなことを経験した怒涛のシーズンが終わりました。
最初一緒にLBをやったり途中から来た同期のLBが全員ラインズに消えていった3年目。
僕自身ディフェンスリーダーになり迎えたこのシーズン、四大戦優勝したり、1年生の頃、青天されたブリッツでサックして甲南戦で優秀選手賞に選ばれたり、1日退部されられたり、みんなでiPadにダミーを書きまくったり色んなことがありました。
それでも記憶に残っているのは負けたことだけ。
正直泣けもしないくらい圧倒的に負けた。
本気で勝つためにやれていたか、自分で勝手に線を引いて限界を決めてしまっていなかったかと、挙げ始めたらキリがないほど色んなことを悔やんだ。
そんな中迎えた4年目
ラストシーズンが始まり、最後の勝利からほぼ1年が経ち、なんとしても勝ちたかった。
部員のみんなが勝つために必死に動いていてくれたのはもちろん知っていたし、春シーズンの最初勝てなかった時期は主将としてものすごく悩みました。
ここには書ききれないほど色んなことを模索したけど、前に立って発言で引っ張るのは得意ではなかったから、行動で背中で引っ張ろうと日頃の行動から、グラウンドの中までとにかく率先して動くことを意識した。
当たり前なのかもしれないこんな意識が、僕にはまだまだ足りてなかった。
それからチームは徐々にほんとに少しずつだが上向きになっていき、1年ぶりの勝利、甲南戦も勝利まであと一歩の引き分け、勝てた試合だっただけに反省すべき点も沢山あったが、春シーズンの最初の僕たちからしたらとんでもない成長を遂げれたと思う。
やはり勝負事は、勝つか負けるかの瀬戸際で踏んばって勝ちを掴んでこそ、勝つことでしか得られない感情があるからこそ楽しいなと感じました。
秋シーズン初戦のゲーム週くらいから急に、今シーズン1試合でも負けたら、昇格はするすると手から消えてくのを改めてものすごく実感し、自信がなかった訳ではないが何故かものすごく緊張して、全然寝れなくて夜な夜なHuddleを見まくったこともありました。
ちょうど同じくらいの時期に近藤HCも僕の話はしてないけど、最近緊張して寝れないわって話しかけてくれて、あ、一緒だ。
って思って、緊張は全部背負ってもらおうって決めたその日から、めちゃくちゃ快眠でした。
HCありがとうございます。
そのおかげか秋シーズンの試合は全部勝ちきり、全勝優勝を決めました。
迎えた入れ替え戦の抽選会。
抽選会が決まってから、
部員のみんなにはルーレットみたいなのでくじを引かせてましたが、僕は一発勝負したかったのでやりませんでした。
この1年で習慣づいたごみ拾いも欠かすことなく臨みました。
各ブロックの主将が出てきてじゃんけんして順番にくじを引くのですが、最初に負けて最後に引くことになりました。流石こればかりはごみ拾いを恨み、入れ替え戦を覚悟しましたね。
残ったくじを引いて、一斉に紙を開くと自動昇格の4文字。
ほんとに色々あった1年間。
この1年に終わりを告げる最高の4文字。
シーズン後半コイントス全く勝てなくなったのも、ごみ拾いも、全てこのためかと。
あの秋シーズンが始まる前に感じてた、手から消えていくのではなく、自力でみんなで掴み取ったこの結果は、この1年間の頑張りを肯定してくれる最高の物でした。
痺れました。
かなり省略しましたが、こうして僕のアメフト部での4年間は最高の形で幕を閉じました。
この走り抜けた4年間は必ず僕の人生の財産になってくれると思います。
やりきってよかった。
走り切れてよかった。
ここまで長くなりましたが、最後にメッセージを書かせてください。
板橋監督
去年の危機的な状況からここまで脱することができたのは間違いなく監督のおかげです。
3年生の時、ミーティングルームで長話をした後の西海でいただいた言葉は今でも活動の原動力となっていました。
毎試合終わったらSlackでご連絡いただいてとても嬉しかったです。
監督ありがとうございました。
近藤HC
毎日当たり前のようにグラウンドにいて指導してくれて、夜は毎日くまができるまで作業して、連絡したら怖いぐらいのスピードで返信が来る。
鉄人です。
勝つってこれくらいやらないとだめなんだと初めて思いました。
本来僕がやらないと行けない嫌われ役まで、言いたくもないことたくさん言わせてしまいありがたいと同時にほんとに申し訳なく思っています。
主将としても1フットボーラーとしても1人間としても私生活の部分までほんとに色んなことを教えていただきました。
近藤さんありがとうございました。
コーチの方々
選手として、人として、未熟であった自分を育ててくださり本当にありがとうございました。
皆さんのおかげでアメフトの魅力に気付き、ハマり、ここまで続けることが出来ました。
聞けばすぐ教えてくれる、こんな恵まれた環境でできる後輩達がほんとに羨ましいです。
どうか後輩達にもアメフトの魅力を存分に分からせてやってください。
来年のチームもよろしくお願いします。
桜鎧会、父母会の皆様
OB会、父母会の皆様には、春季から秋季に至るまで、様々な面で多大なお力添えをいただき、改めて心より感謝申し上げます。
皆様のご支援、ご声援のおかげで今年度昇格を成し遂げ、また来年度以降もbig8昇格という目標を掲げて活動することができます。
頂戴したご厚情に恥じぬよう、下級生一同、新たな体制のもと、big8を本気で目指しより一層精進してくれるものと存じます。
今後とも変わらぬご指導ご鞭撻の程、何卒よろしくお願い申し上げます。
後輩達へ
まずは1年間着いてきてくれてありがとう。
頼ってくれてたかな?笑
出来たキャプテンではなかったけど、みんながいたからここまで頑張れた。
ハドルでのみんなの顔つきは2月とは比べ物にならないくらいかっこよく戦う顔で真っ直ぐな目になってたよ。
抽選の時じゃんけん負けて終わったと思ったけど、くじを引けたのはみんなの強い気持ちがあったからだと思う。
ありがとう。
みんなともう1試合したかった気持ちもあるけど、来年2部の舞台で暴れ回ってくれることを条件に、ここは大人しく引退しようと思います。
この後を書くためにブログ書いてるといってもいいので、是非何度でも読み直してください。
みんなに伝えたいことは2つ
1つ目は、みんなには引退する時に、GENERALSに入って良かったかって聞かれたら、即答で良かったと答えられるような充実した日々を過ごして欲しい。
人生に一度しかないであろう、人生の夏休みの大学4年間をどのように過ごすのかは自由で、アメフト部なんてほとんどの人からしたら候補の中にも挙がらない。
そんな中、新歓を受けた、やりたいと思ってた、友達に着いて行った、就活強そう、入り方はなんでもいいと思う。
アメフト部に入ろうって思ったその瞬間の気持ちをどうか忘れないで欲しい。
どうか入って良かったと心の底から思えるよう引退までの期間、努力を惜しまず継続して欲しい。
みんなにとって、入部はとても大きな決断だったと思う。
サークルに入っていたら、もっと色んなこと出来たのにとか、みんな遊んでるのに朝から晩まで何してるんだろうって、休みは少ないし、怪我多いって思ったことあると思う。
そんな時は投げ出すんじゃなく、周りを見てみて。
同じ志を持った仲間が沢山いるから。
1人になりたい時でも絶対周りに誰かはいて1人にしてくれない。
ほんとに家族同然です。
そんな存在を大切にして欲しい。
これだけの人数がいるとたくさん人間関係で必ず悩むと思う。
意見の衝突や性格の不一致とか。
でもそんな個性的なみんなにも1つだけ共通点がある。
このチームで勝ちたいと思っていること。
これ1つあるだけでみんなは必ず1つになれる。
それだけ特別なものです。
ほんとにすごいです。
だから思っていることがあったら、1人で抱え込まないで口にしましょう。
考え方は違っても思っていることは同じです。
勝てるなら勝つためならぶつかったっていいよ。
逃げずに話し合えば絶対伝わります。
お互い納得するまでとことん話してみてください。その先に絶対いい景色があるはずです。
俺は気づくのが遅かった。
自分のことで精一杯で、
他の人が何考えてるかなんて全然気に出来てなかった。
だから今年こんなに苦労した。
何人も辞めさせてしまったし、今まで辞めてしまった同期もただ見送ることしか出来なかった。
アメフトの魅力を伝えきれなかった、みんなが活動しやすい環境を作れなかった、何よりここに居たいと思う充実した日々を届けられなかった。
主将としてなんて力不足だと、そんな風に退部者が出る度に感じてました。
これまで退部の決断をした人たちには申し訳なく感じています。
俺みたいに後悔して欲しくないから、全員に今伝わるかはわからないけど、伝わった人達には先頭に立ってGENERALSを勝利に向けて引っ張ってもらって、みんなが充実した日々を送れるといいな。
2つ目は感謝を伝えましょう。
今年になって近藤さんが来てくれてコーチも沢山来てもらっているけど、当たり前じゃないです。近藤さん、コーチの方々、重ね重ねになりますがほんとうにありがとうございました。
スタッフにも、プレイヤーのためにしてくれたこと(ボトル、テーピング、Huddle等々)に対して感謝を伝えているか胸に手を当ててみてください。
リスペクトをもつことで日々の練習の質は更に上がります。
いなかったことを想像してみてください。
練習時間倍になるでしょう。
ぐだぐたになって雰囲気も出ず、やっとの思いで練習終わってもHuddleも見れない。
終わりです。
これだけのことをしても、直接勝敗に関わることはできない。
勝敗を託して応援してくれてるんです。
プレイヤーは偉いとか絶対思っちゃだめです。
いるのが当たり前じゃないです。
減るものじゃないから、感謝をちゃんと伝えましょう。
これは俺もあまり言えてませんでした。
ごめんなさい。
4年間ありがとう。
長々書いてしまったけど、まぁ来年以降もがんばれ。
みんな1人じゃないから。
それだけ心に留めてこれからも活動したら必ずいい結果が出るから。
小木曽の代から強くなったよねって言われるくらいやってくれ。
ここからが勝負だからね。
同期へ
日頃から思っていることは伝えているので特に言うことはないけど、とにかくこの1年苦しかったな。
3年間掲げてきた目標とは似ているようで全く違うものを追いかけて躓いてのくり返し。
果てしなく感じた勝利。
最初は全てが上手くいってなかった代だったかもしれない。
色んな人からまじでやばいメンツで今年の主将は大変そうとかなりの数言われたけど、それでも俺は先輩達やきっと後輩達も経験出来ない、この夢物語のような4年間をみんなと過ごせてほんとに楽しかった。
入れ替え戦に負けてみんなの悔しそうな様子を見たあの日から、1年間色んなことがあった。
それでも死に物狂いでみんなが笑って終われるようにってずっと思い続けてやってきてよかった。
ありがとう。
そしてお疲れ様。
東京勤務なので東京勤務の方、留年、居残り組の方、お食事のお誘いお待ちしてます。
両親へ
高校まで野球しか眼中になかったのに、大学で突然アメフトやるとか言い出して驚いただろうけど、何も言わず背中を押してくれてありがとう。
食生活から色んなことまで細かい要望に応えてくれてありがとう。
ラストシーズンは、会長の仕事に先頭に立っての応援少し無理をさせてしまったかもしれません。
1年生からずっと応援来てくれてたのに中々勝てなくて。
ずっと励ましてもらってばっかりで喜ばせてあげられなくて、悔しくて最後の1年こそは絶対勝つと心に決めて、なんとか全勝優勝、昇格を届けられてよかった。
少しゆっくりしてね。
これから少しずつ親孝行するので、変わらず2人で仲良く暮らしてください。
今まで21年間ほんとにありがとう。
これからもよろしく。
GENERALSに入ってよかった。
みんなありがとう。
小木曽太建