私が入学した2008年の4月8日は朝から春の嵐が吹き荒れていた。穏やかな陽気に包まれた晴れやかなスタートではなかったと思う。
私の入学式は午後からで、午前の部の新入生や関係者の方々の傘が春嵐によって折り曲げられ、校門の横や校舎の入り口に山積みになっていたのを強く記憶している。満開の桜も雨風に打たれ、「せっかくの入学式が‥」と、思ったものだ。
そして、むかえた今年の4月8日。
春爛漫の穏やかな天候、満開の桜。
無残な姿の傘の山は無い。
しかし、比べようもないもっと多くの、計り知れないもっと多くの犠牲者や被災された方々を悼み、本学は入学式を自粛する。
新入生諸君の新たな門出を共に祝えないことは非常に残念ではあるが、大きな自然の力の前に犠牲になられた多くの方々に心から追悼の意を表するとともに被災され今もなお困難と闘っておられる多くの方々にお見舞いを申し上げる。
そして、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓いたい。
2011年4月6日の時点で、東日本大震災による死者は1万2554人、行方不明者は1万5077人との発表を知った。そして今もなお16万625人が住む場所をなくされ避難し、制限された生活を送っておられるという。
今年学習院大学に入学した新入生は、1956人。
もしかしたら、犠牲者の中には学習院大学に入学予定だった「新入生」もいたかもしれない。
生かされた私たちは、今一度立ち止まって考えるべきではないか。
大学に進学する、学習院大学に入学することの重みと責任を。
大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るとは如何なることかを。
これから味わうであろうあなた方の青春は、これまでの青春とは一味も二味も違うと私は考える。大学での青春とは、学問を極めることや、友人を得ること、バイトに励むことや、部活やサークルに明け暮れることといったそういう類のことなのだろうか。そのような単純な生活のことだろうか。君らを待つ大学での時間とは、如何なる時間なのか。
誤解を恐れずにあえて言いたい。
大学での4年間とは、「自由を学ぶ」4年間ではないだろうか。
まだイメージができないだろうが、これまでとは全く違う生活が君たちを待っている。君たちを縛るものは何もない。中学や高校では、意識するしないにかかわらず、親や先生に管理されていた。大学を卒業して社会に出たとしても、何かに管理されるのは変わらない。会社や所属するコミュニティーは必ずといっていいほど諸君の自由を制限するだろう。
大学での4年間とは、自分のためだけに「自由」に時間を使える、最初で最後のかけがえのないチャンスなのではないか。
ここで、私の知人を2人、紹介したい。
一人は、私の大学の同級生で、一時期は私と同じようにアメリカンフットボール部に所属したが、物理の道を究めたいと考え部を去った者の話し。
彼は部を去ってから、物理に集中した。他大学のゼミにも参加し、学校では毎日夜遅くまで研究室に残り、そのまま泊り込みになることも少なくないという。そんな彼と、たまたまこの新入生歓迎期間中に話す機会があった。まともに彼と話しをするのは、彼が部を去ってから初めてかもしれなかった。彼がどういう思いで部を去ったのか、部を去った後も我々のことを気にかけてくれていたこと、今の彼の状況。この春までしたくても出来なかった話をたくさんした。そんな彼は来年は海外の大学院に進学して物理の勉強を続けようと考えている。
もう一人は、アメリカンフットボール部の先輩で、私を勧誘しアメフト部に入部するチャンスを与えてくれた先輩の話し。
彼は、最初バスケットボール部に所属していた。しかしながら、どうしてもアメリカンフットボールをしたいと考え、2年の冬、転部を決意した。最初は、同期との差を埋めるのに大変苦労したという。しかし彼は、大学で初めてフットボールを経験するというハンデや持病の怪我をも乗り越え、4年生ではじめてレギュラーとなると、彼の活躍のおかげでチームは快進撃を続け、2部リーグに昇格することが出来た。そんな彼は今はコーチとして部に残り今も後輩の指導にあたっておられる。
余談であるが、私の入学式の日、その先輩はずぶぬれになって校門の前で私の入学記念の写真を撮ってくださった。私の後にはアメフト部には関係の無い新入生の親子たちも列になって 彼にシャッターを押してもらっていた。体育会系の我が母はその姿を見て「アメフト部なら 入ってもいいかも‥」と つぶやいたのである。そのひと言がいや、そのつぶやきを引き出した彼の姿がアメフト部への入部を迷っていた私の背を押したことは言うまでもない。
話がそれたが、
途中でアメフト部を去った者の話しと途中からアメフト部に入部した者の話し。
両者は相反する話しのようで、実は「自分の人生」に対して正面から真剣に真摯に向き合ったという点、大学という「自由を学ぶ」場で、本気で自由について考えたという点では共通しているのでないだろうか。
自分の生き方を自分の意志で決め、その生き方に責任をとる。
人として当たり前のことかも知れないが、それを学ぶことが出来るのは、それを体現できるのは、大学が最初で最後かもしれない。
四年間は長いようで短い。
諸君にとって、ここが人生のひとつのターニングポイントとなるだろう。ぜひ真剣に、大学で学ぶことの責任と重みについて考えてもらいたい。
入学おめでとう。
諸君の先輩として、そして学習院大学輔仁会アメリカンフットボール部Generalsを代表して、新入生の方々の門出を心から祝います。
学習院大学
輔仁会アメリカンフットボール部Generals
第59代 主将
冨岡 将浩
今日は待ちに待った大学へ初の登校日!期待と不安で心がいっぱいだと思います!