ちえみJAPAN -22ページ目

ちえみJAPAN

やりたい事全部もり
╰(*´︶`*)╯♡

写真は10月26日夜、門司のナイズラフィキさんで、
オーナーのナミさんとライブ配信!
2019年10月26日は、記念日。


本日はグリシェンカフェで、師匠とライブ!
ダルシマー始めてから4ヶ月!
投げ銭ライブで、売上2000円。

嬉しいよ、好きなものでお金をいただけたってことが!
しかも楽しかった!

雇われて給料もらうのは早く切り上げて、
私を表現していきたいな。


うずうずしてきた!

4◯歳がんばるよー!

あの星野先達が福岡に来られるっ!
と、聞いてすぐに参加を決めもした。

山伏さんのお話しも楽しかったですが、
最後に降って湧いたという女性に向けての言葉、

【自然道じねんどう】

しっくりきた!
私は、ありのままの私で、
自然の中で生きたいと思っていたから。




森先生のお話しを聞いて、

宝満山に登りたいと思いました😀✨




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羽黒山伏・星野先達と宝満山歴史研究の第一人者・森弘子先生のダブル講演

会場》福岡市中央区天神2-2-20
警固神社 神徳殿


時間13:00開場 13:30開演
会費》2500円

宝満山ファン、修験道ファン。歴史ファン。
そして何より星野先達ファンは見逃せませんよ🎵

尚、ご参加の方はこちらにてチケットをご購入下さい


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日本は1500年以上の間、神仏習合の世界観の中で山を神として仰ぎ見ながら暮らしてきました。天気予報も衛星写真もなかった時代、そこにはいつも“山伏”がいたのです。
しかし明治以降の宗教変革、そして戦後の経済発展と、日本人はだんだんと山の神様や自然との繋がりを失っていきます。それにつれて、人としての生きる力も弱くなってしまいました。

明治・大正・昭和・平成と、修験道は地域ごとに違った波乱万丈な変遷を経て今に至ります。出羽三山には出羽三山の、宝満山には宝満山の歴史があり、今に繋がっています。山伏は今もいき続けているのです。

ちょうど今年、令和の時代がスタートしました。新しい時代が始まるこのタイミングに、宝満修験復興の立役者のお一人である森弘子先生と、新たな山伏像を体現し続けている星野先達とが再会することは、山の祈りの新しい時代を予感させるものとなるでしょう。


◼️こんな方にオススメ〜

宝満山が好きな方
本物の山伏に会ってみたい方
山伏の話を聞いてみたい方
自然の中に入るのが好きな方
大宰府の歴史に興味ある方
自然信仰に興味のある方




星野 文紘 (ほしの ふみひろ)
羽黒山伏。山伏名:尚文。1600年代からつづく山形県出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)の宿坊「大聖坊」の三男として、1946年に生まれる。1971年、東洋大学文学部を卒業後、大聖坊一三代目を継承し、「秋の峰」に初入峰、山伏名「尚文」を拝命する。2007年、出羽三山の最高の修行である「冬の峰百日行」の松聖をつとめ、2008年より「松例祭」の羽黒権現役である所司前をつとめる。出羽三山神社責任役員理事、出羽三山祝部総代、NPO法人公益のふるさと創り鶴岡理事
主な著作;感じるままに生きなさいー山伏の流儀(さくら舎)


森 弘子(もり ひろこ)
京都女子大学文学部卒 卒業と同時に太宰府天満宮文化研究所研究員となる 九州大学にて博士(人間環境学)号取得 (財)古都大宰府保存協会文化部長・事務局長、 太宰府市教育委員、太宰府市史編集委員などを経て 現在、福岡県文化財保護審議会委員など県下自治体の文化財保護行政と歴史まちづくりに携わる。 現在 日本山岳修験学会理事・監事 九州山岳霊場遺跡研究会顧問 宝満山保存活用計画策定委員会委員 宝満山弘有の会代表として、宝満山の伝統行事の復活・広報普及・山の保全活動に関わる。
主な著書  宝満山の環境歴史学的研究(博士論文・日本山岳修験学会賞受賞)(財)太宰府顕彰会・岩田書院 宝満山歴史散歩(葦書房) 祈りの山宝満山((財)太宰府顕彰会・海鳥社) 太宰府発見―歴史と万葉の旅(海鳥社) さいふまいり(海鳥社)

初☆演奏会は、職場でした!!


延期していた動画配信もできて、ひと段落。
やっと、ここまできました。

もっと、もっと、
もっと、もっと!!