2020年11月30日(月)満月🌕山口県下関市にございます住吉神社様で、
天麻那舞の御奉納をさせて頂きました。
KIN246 白い水晶の世界の橋渡しの日
キーワード
〈白い世界の橋渡し〉
死・等しくする・機会
〈水晶の〉
協力・捧げる・普遍化する
前日、北九州市から下関市へ車で向かう道中、
大切な人が余命半年と宣告されてから
連れてこられた大寧寺で聞いた
過去の悲惨な歴史や、
住吉神社との繋がりを思い浮かべていたら、
足取り重く涙もこぼれ予定の時間を過ぎていたのに
到着した駐車場から出られずにいました。
住吉神社様での御奉納が決まったとき、
土地の歴史や、
過去この土地に生きた人々の思い(重い)
が軽くなったら良いのになぁと感じていました。
舞の師匠の言葉を聞いた後、
ああ、過去に思いをはせる人々の思いも積み重なっていたのだなと納得し、自分もその一部になっていたことに気づき奉納直前の心構えが少し変化しました。
三相女神の舞で、
私は過去の立ち位置で舞いました。
確かに前日レッスンでの注意事項や、
間合いがとれていない自分に、
あぁ、、と責める瞬間もありました。
拝殿に上がる前は、
動画をご遠慮しますの掛け声、
ピリリとした空気に
自分の中が少しワタワタし、
入りで3人の息を合わせきれず、
あー少し落ち着こうと、
階段を登りながら気持ちの切り替えを心がけていました。
自分の立ち位置で構え、
曲が流れ始める前
過去も現在も未来もまとめて
浄化されたらいいなぁ〜と
緩まった意識でスタートし、
先人に感謝

を届けながら、
現在と未来が融合する感覚と、
軽くなって浄化して欲しい意識と、
やっぱり感謝が湧いていて、
自分の内側の声が騒がしかったけれど、
いつか
もっと広い空間を感じながら、
外へも意識を広げられたなら、
と、
舞を深めたい

気持ちになりました。
また、
奉納1曲目・神楽*鳳凰を思い返してみると
神楽隊九州メンバー4人共、
一緒に着替えたわけでもないのに
全員身衣が逆の死装束状態で準備していて、
県外メンバーに指摘され始めて気付くという
ハプニングもありつつ、
正式参拝前に正せたのでよかったのですが、
前日レッスンでは拝殿の広さを意識できるように
紐を貼っての練習で、
最後まで距離・空間がしっくりこなかったのに
本番では拝殿隅から隅まで空間全体を余すところなく使い切り気持ちよく舞えました。
全員が円となった時、
個人的に前後の距離が均等に出来なかった事や、
全体を通してリズムが一瞬遅れてしまう問題は、
日々の鍛錬と共に、
日常の人間関係での在り方

を意識したり、
次回の課題にしていきたいです。
そんな事が頭によぎるものだから、
その時あるもの

、
その時にしかないもの、
感じきれなかったことが、
とても勿体無いことをしたなと
歯がゆい。

現状の自分を確認できたので、
自分に足りないものは、
細かい注意点を意識しなくても舞える身体を
日々作り上げていく小さな努力かな。

コツコツというのが苦手と感じていた。
でも、昨日の今日は
なりたい姿を師匠に見せてもらえて
まだ気持ちが上がっているから、
今のうちに今後の計画を立てようと思う。

最後の
彌榮*龍神の舞では
引き込まれながら魅入っていたところ、
ありがとう

と一言聞こえたので、
私も嬉しかった。
自分が何を感じているのか、
はぐらかさないよう意識しないと、
何も感じてないような気がしてきて、
言語にも出来ず直ぐにシェア出来なかった。
いつもの思い癖が、
「きっと気のせい。
勘違い。
自惚れるな。
痛い目みるぞ。」
と厳しめの言葉で、
初めから自分を信頼しない言葉だなと、
今これを書きながら感じる。
きっと気のせい、、、、
いつから自分の感覚を信じなくなったのかな。
この声が聞こえる前に、
本心を拾い上げてあげる練習をしよう。
(あー、ここでも喜びと期待を母にくじかれた幼少期のあの場面が影響されているのかなと思い当たる節あり)
幼少期に作ってしまった
感情の方程式を採用してしまう前に、
事実を認め許容し俯瞰する練習をしよう。
まず、
「気のせいだ。」