夢物語だった縄文ユートピア・実現に大幅前進(2)

現代人は「気」のパワーが圧倒的に低い…私たちはこのよう状態を

「ケカレチ(気が枯れて居る状態)」といいます。

それが今の異常としか言いようの無い状態を惹起しています。

私たちはB29の焼夷弾の雨の様に降り注ぐ中でも決して

負けることなく生き抜いて来ました。

それに比べたら今は理想郷に近いと言える位です。

 

若者たちよ…「気」と「笑い」を取り戻して明るい未来を築いてゆきましょう。

良かったらこのどんぐり源さんが手ほどきして差し上げますよ…

勿論、無料でです。(続く)

 

夢物語だった縄文ユートピア・実現に大幅前進

皆さん、今若者の心が病んでいるとはおもいませんか?

過日の座間での自殺ほう助の青年の行動…

未だに自殺願望の高校生が多いこと…

何故でしょう?

余りに将来への可能性が無い事への絶望感からと思います。

 私は今年88歳、どんぐりそして縄文の研究一筋に未だに現役で開発を楽しんでおります。

戦争の悲惨な時期、親子三代の貧乏生活。辛い事も沢山有りました。

然し一度たりと絶望を感じた事は有りません。

 

何故今の若者が絶望感を持つのでしょうか?

それは或る種の閉塞感(何も出来ない)からかと思います。

希望はいくらでも有るでは有りませんか?希望を提示出来ないのは

私達大人(先人)に責任が有るかも知れません。

それで私たちは達成可能の夢の実現に取り組み出しました。

 

縄文の昔、農耕・牧畜も無く、身も心も豊でした。

当時は金と言う物も無かった訳ですから豊かな文化生活が

出来た事に現代人は不思議感を感じるようですが

よく考えて見ると貨幣はあくまで流通の便宜に使われるもの

縄文時代は共に働き共に生活をする上であくせく

金・金と追い回す(いや追いかけられると言うのが良いのかな)

必要は全く無かった・全くべつの価値感だった訳ですね。

どちらが正しいのでしょう。どちらが私達に幸せを齎すのでしょう?

次号以降で真剣に考えて行きませんか?

私は一市民で大した金力も能力も有りませんが

若い貴方方にこんなやり方が有るのなら一緒に是非

やりたいと言うひな型を実現して見ます。

 

 

 

 

 

 

変わりつつ有る宇宙

今、明らかに重大な変化の兆しが如実に成っています。例えクライシスが来てもそれに対応して行くべきでしょう…

私=どんぐり源さんは提唱します。遊休地にどんぐりを至急植えるべきです。

それで飢えに対する対応が相当出来ますよ

 

九州には多くの友人・知人が居ます!

大変気がかりですが何も出来ない歯がゆさ…兎に角揺れが全く減衰しないのには落ち着かない事おびただしいと思います。