またブログが滞ってしまい、ご心配かけてるかな・・
先日はこんな記事書かれても・・ってヘビーな内容の記事にも関わらず、
沢山の温かい励ましコメントを戴きまして、本当に有難うございました。
元気、出ました(*^▽^*)
ただやっぱりその日の気分の浮き沈みもあるし、なかなか「スッキリサッパリ!」とはいかない事ですので
私が不安にトリ憑かれない様、努めて過ごしたいと思います。
大丈夫大丈夫!と暗示をかけてね。
うん。
きっと大丈夫なんだと今は信じて!
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いつもこのテーマは成長記録を書いてますが、
一年前はまだブログ始めてなかったし、今回は思い出話でも。
8月末が出産予定でしたが、子宮けい管が短くなっていた為
2011年6月1日、28w0dの時から切迫早産という事で管理入院生活に突入。
6月はのほほんと過ごしてたな・・
お腹の張りはあったけど、3週間位はウテメリン点滴は免れてた。(貼り止めの飲み薬は初日から飲用)
で、怒涛の7月。
4.5日位頭痛が続いてたんだと思う。
頭痛が激しくて気持ち悪くなり12日の夕食時に嘔吐し、頭のCTを撮ったところ硬膜下出血と判明。
翌日34w0dで脳外科+帝王切開を全身麻酔で行う予定でしたが、産医・脳外科医・麻酔医の会議で
麻酔医さんが全身麻酔は危険と判断した事で、結局この時は脳に溜まった血を取る手術(ドレナージ)のみで終了。
まだお腹の中に居て欲しかったので、麻酔医に感謝しました・・
でも一週間後に再発(出血が取りきれてなかったのか?)したので、結局(やったんだよね~)35w6dで部分麻酔によるドレナージ→全身麻酔による帝王切開にて、
9:56 長女ぺーちゃん 2232g
9:57 次女ゆーちゃん 2600g
で誕生しました。
私も双子も眠っていたので、産声は聞けなかったんだ。
赤ちゃんは泣かずに産まれてくるので、そこがすごく不安だった。
でも、後で聞いた話だと小さく生まれたぺーちゃんの方がひと泣きしたそうだ。
(でもでも1回目の時に出されなくて良かった。
2週間後で胎児が育っていた事で、その時よりも危険から回避出来たのだからホントに有難い事だった)
全身麻酔って環境で産まれた事で、双子はNICUへ。
結局3日間しか居なくてGCUへ揃って移動。
私は多分全麻で身体が硬直したのが辛いのもあったのかな。
産後の数日は節々が痛いし当然腹も痛くて辛かったけど、GCUに移った事で昼夜問わず3時間ごとのお世話も加わってなんだか早くも育児ノイローゼになりそな勢いだったな・・^^;
助産婦さんも容赦なく夜中に起こしに来るし。
今までの産前の極度な安静安静生活から真逆のスパルタに扱われた気がしてならなかったわーー
でね、深夜のお世話がやっとこ終了して
(なかなか飲むのが遅くて。間3時間が1時間2時間になったよね~あの頃は)
「もーー無理!入院中くらい看護師さんが世話して欲しいよ!!」って爆発しそうになった時、
大きな地震があった。
結構揺れた。
外でサイレンが鳴ってて、入院してる病院は海に近くて一瞬不安になったけど。
すぐに次のお世話の時間(早朝?)になってGCU+新生児室に行ったら、赤ちゃんが皆コットから出されてた。
揺れてコットが動いて危険だという事だったんだけど、真っ暗で尋常じゃない環境が怖くなったのを覚えてる。
・・だから何がいいたいのか^^;
そんな出来事があったのでした、かな。
「世話、無理!」なんて思ったから天罰かと思ったんだったかなあ?よく分からんす・・
ちなみに私の退院から1週間後に二人揃って退院し、その後2ヶ月(10月2.3日まで・・)実家でお世話になりました。
あの時はアパートに帰りたくなかったよな~主人が誘拐犯みたいな気持になったって言ってたわ^^;
NICU&GCUにて。
そして下の写真は去年7月の写真。
1歳前後ですね~
うーーん!表情豊かな赤ちゃんって頃だね♡
てか、「もう赤ちゃんじゃないんだ・・」なんて寂しく思ってた頃と違うか・・。
ラッパが吹けるようになったり。
益々カワイイ成長をこれからも見せてね~お二人さん^^
今年も元気に、そして何事も無く過ごして行けます様に!



