自叙伝を書く人の中には、凄絶な過去や経験をしてきた人がいる。
そんな人の本を読むと、よくこんな辛い経験を冷静に……かはわからないけど、まとまった文章にできるもんだなと感心する。まあ、プロがアレしてコレしてというのはこの際置いといて笑
とにかく、自分の過去を赤裸々に語るというのが私にはとても難しい事だから、単純に凄いなあと思うわけで。
難しいとは言っても、記憶を辿れば過去は誰にでもあるのだから、ブログにでも書いてみればいいじゃない。
いや書けない。
だって、幼少期から小学校中学年くらいまでの記憶が私には殆どないから。一応あるにはあるけど、歯抜け状態で一本のフィルムにならない。
病気でも事故でもないけど、普通の子供とは少し違う幼少期を過ごしたせいで、私の過去は暗黒期となった。
それをわざわざ思い出しながら書くのは、正直『酷』だ。
残酷の意味の酷もあるけど、どちらかと言えば、思い出せないのに鞭打たれてもって意味の方が強いんだけど。
大人しくて、本当の意味で人形みたいにうんともすんとも言わなかった私が、高学年になったところで、このままでは自分の人生が潰れてしまうと気づいてからが転機となった。
今でもはっきり覚えている、まともに親に意見した時の両親のショックを受けた様子。父親はわかりやすく寝込み笑、母親は逆上して首根っこを押さえつけようと躍起になった。
そう、あの有名な漫画みたいな感じ。
でも主人公の彼と私の違いは、私は徹底的に猛毒を放つ親と戦った事だ。
私の人生はどうなるの?!と叫ぶ母に言ってやった。
知らない。あなたの人生があなたのものであるように、私の人生は私のものだよ。
そう言って、実家と縁を切った。
あれから時が経ってお互い丸くなり、今は連絡を取り合って普通の親子してるけど、しばらくわだかまりはあったよ。
結婚して、離婚した。
元夫に対しても、途中から私は『人形』になった。
ある時から話が通じないと感じるようになって、そしてそれは、思えば結婚する前から感じていた違和感だったのだけど、若さと好きという感情で目隠しをして見て見ぬふりをしてきた、その結果だったのだ。
……過去はどうでもいいか。相手には相手の意見もあるだろうし。
今はね、独身に戻って気楽な毎日よ。
終わった人より、今好きな人を想って明るい未来を想像する方がよっぽど幸せだわ。
さて。人それぞれに人生があって、そういう話を聞くのは嫌いじゃない。これからも色んな人生を垣間見て、いつか私の記憶も戻……らなくてもいいな。
毒親って酷い言葉だけど、受けた方はいつまでも傷が残るという事。なまじ血が繋がってると切るのは大変だし周囲はあれこれ言うかもしれないけど、そういう人は責任取らないからね。言うのはタダで、無責任に言いたい事だけ言ってくる。
親子の縁だけじゃなく、人生の様々な転機に対しても同じね。
無責任な周囲の意見に振り回されて自分の本音を殺してしまうと、視界から色がなくなるよ。参考程度にとどめ、最終的な判断は自分で下す。
自分の人生は自分のためにあるのだという事を一番に考えて、自分の気持ちに正直に生きて欲しい。また、そうあるよう努力して欲しい。
自分の道標は自分で決めた方がいいからね。
なんか説教くさいね。
でも、私はそう思うんだ。