こんばんは☆

お父さんが息を引き取ってから、今日でちょうど49日。



この世とあの世をさ迷い、お父さんもやっと、天国に行けたのではないかと思います。


天国かぁ…。


どんなところなんでしょうね?
なにをやってるんでしょうね?
今、なにを思ってるんでしょうね?



天国かぁ…。



今度は、ゆっくりと、穏やかに、病気の間食べれなかった、好きな食べ物、飲み物でお腹をいっぱいにして、お父さんが毎日毎日笑顔で幸せいっぱいに過ごせますように。


もっと、一緒に癌とたたかってあげたかったな。

この49日で思った事。



病院へは何度も足を運び、お父さんがしてほしいといったい事は、なんだってやってきたつもりだけど、癌という病気と向き合ったのは、お父さん。

口にはださなかったけど、癌に効くというものは全て、なんでも試していたお父さん。



生きたい。

なんとしても生きるんだ。


そんな気持ちいっぱいで、最後の最後までたたかっていたんだなって思うと、また、涙が流れてきました。


お父さんごめんね。
探せばもっと、出来ることはたくさんあったはずなのに…






これからは、仕事に今まで以上に力を入れます。


きっと、お父さんが見守っててくれるとしんじて。






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こんばんは(^-^)
春ですねー。

突風が吹き荒れています(><*)ノ~~~~~




昨日、福岡から対馬へ。
今日、対馬から福岡へ。


信じられないくらい揺れて、着陸に1度失敗され、そのうえ、雷雲の中での旋回飛行。


もう、しばらくは飛行機に乗りたくないと思ってます(-_-;)



とりあえず、無事??福岡到着しました。



30日に納骨をすませ、なんだかやっと、お父さんがいないっていう実感がジワジワとわいてきて、思い出しては涙ぐみ、それでもなんとか、お父さんとケンカしたときの事とかを思い出し、悔しい気持ちを込み上げて、なんとか泣かずに過ごしております(TT)



お母さんにそう言うと、『お母さんも全く一緒よ(- -;)泣きたくなったら、腹がたったときの事を思い出して、くそーーって思って、泣かずに過ごしよるとよ(-_-;)』って。



おもしろ。
この親子(- -;)笑


みんな、そんな感じなのでしょうか…。




今日福岡に戻る前にお母さんと、去年迷子になったケチダムへ桜を見に行ってきました♪


『お父さんに見せたいねー。』


何回この会話を交わしたでしょうか。









お父さんもちゃんと、桜見てるのかな。

見せてあげたかったな。









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おはようございます(^-^)
福岡はとっても良い天気♪
皆さんのところはいかがでしょうか?(*^^*)



最近、すっかり春になりましたね。
随分前にふきのとうを見て、桜や菜の花も、しっかり主役を努める時期になりましたねρ( ^o^)b_♪♪



さて。
私はと言いますと、明日、30日にお父さんの納骨の日を迎えます。

対馬は、亡くなってから、3ツキをかわさずに納骨するそうです。

だから、5七日であります明日、納骨ということになりました。


お父さんとの思い出。

小さい頃によく、ログハウスの勉強をするとか言って、カナダに行っていて、お土産がいつも変な女の子の人形だったこと。


ちなみに、小学3年生、小学1年生の私と妹は人形でも良かったのですが、当時小学校6年生のお兄ちゃんまで、人形がお土産でした。

『男の子だから、男の子の人形にしてるから文句ないやろ。』


これ。
当時のお父さんの言い訳でした。


ってf(^^;
小学校6年生になって、男の子だからって、男の子の人形もらっても嬉しくなーい( ̄∇ ̄*)ゞ



高校1年生の頃。

当時の付き合っていた男の子から、お正月に年賀状が届いた時の話し。


こたつでうたた寝してしていた私。

その隣で新聞読んでたお父さん。


喉が渇き、麦茶を飲もうと起き上がり、キッチンに行き麦茶を飲み、またうたた寝を再開しようとすると、新聞読んでたお父さんがニヤニヤニヤニヤ(。-∀-)



『なに?』


って私。


それでもニヤニヤニヤニヤ(。-∀-)




『なんなん(- -;)』



うたた寝しようともぐりかけると、一枚の年賀状がヒラリ。



ん?



んん?




んんん!?????





大切に取ってた当時の彼氏からの年賀状。
なんと、名前と住所が筆ペンで消されとーー(`Δ´)



『お父さんやろ(*`Д´)ノ!!!』




ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ(。-∀-)



『いやいや(*`Д´)ノ!!!』




『知らない人から年賀状がきとったから、おっとーが消してやったぞ(。-∀-)』



・・・・・・・・Σ( ̄皿 ̄;;



すっご。





音大1年の夏。

『ピアノの試験の結果で上位だったら、ウィーンに留学できるって(^-^)上位だったら行っていい?』



『上位だったらね。』





数日後、



『ねー、ウィーン留学しないかだって。大学が♪♪』


『ウィーンか。遠いなぁ・・・・(;_;)』




『いやいやいやいや(`Δ´)』



『約束したもんな。行ってこい。』





ふふ♪
お金の事なんて一言も言わずに、好きなことやらせてくれました。





帰国後。


MISIAのコンサートに誘われて、行った私。



衝撃の感動を受け、私も歌手になりたい!!!!!!!!!!!!




『ねー、お父さん。由香、歌手になりたい!MISIAのコンサートすごかったんよ。ねー、MISIAの歌の先生からどうしても歌のレッスンしてほしい!どうかして(><*)ノ~~~~~』



お父さんはすぐに動いてくれました。



憧れのMISIAさんの歌の先生はとってもダンディーで優しく、ただならぬオーラの持ち主で、知らない間に私の可能性を最大に引き出してくれる、音楽の魔術師でした。


イケイケゴーゴーのお父さんと私。

月に2回の東京でのレッスンを、何1つ嫌味を言う事なく、行かせてくれました。



結婚式の後、病院に行ったときにお父さんが、



『あの先生が由香をここまで引っ張ってくれたんやな。おっとーは、由香がステージに立って輝いてる時が一番嬉しくて誇りや。ありがたいのー。』




そう言って、大きな声で泣いてた事。
一生忘れません。






GEMを開校した頃。


『お前は日本一の学校を作れ。日本一の先生になれ。商売は、軽い気持ちではできないから、甘くみるなよ。』


生徒が1人増え2人増え3人増え・・・。



そのたびにお父さんは誰よりも喜び、誰よりも私を誉めてくれました。



『これはお前の実績や。』


お父さんはいつもそう言って私を励ましてくれていました。



私がステージに立つたびに、キツイ体。ダルい体を起こし、必ず見に来てくれてました。


しかも、よく分かりもしないのに、終わったら必ずダメ出しの嵐^^;



ま、それも良い思い出です。





私は幸せです。

たくさんの思い出を胸に、これからもお父さんが一番近くで味方してくれてると信じて頑張るのみです。





さて。
空港に向かおう。













お父さんの形見と今日も一緒です(^-^)








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