こう言うブログ初心者ですが、学んでいきますので応援お願い致します!!!
簡単に自己紹介をさせて下さい。
2000年生まれの関西出身。
2021年に東京に出て、お笑い芸人を目指しております。
ですが、東京に出てたったの2年で……
借金を『2000万』作りました。
そんな太朗の過去エピソードをお届し、少しでも笑顔を届けられたらな。と返済を助けてください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
太朗が芸人を志したのは20歳の頃でした。
大阪NSCに入学し、毎日漫才の練習をして過ごしておりました。
NSCでは新喜劇の授業や、声の発生練習など色々な授業がありましたが、太朗はネタ見せの授業以外は出席せずに過ごしていました。
NSC生の卒業が近くなり、NSC生達は吉本と契約するか、個人で活動するかを選びます。
太郎「所属するに決まってるやろ。」
しかし、、
吉本の社員さんから一言
「授業日数足りてないから太朗君は所属出来ません。」
太朗「えーーーー!!!もっと早く言えよ!!」
薄々感じておりました。
太郎と当時の相方は社員から嫌われてました。
大阪でお笑い活動をしたいが、もう一度通い直すのが恥ずかしい。元同期達を先輩として絡むのヤダ。
東京に就職する、友達に頭を下げて着いて行き逃げるように東京へ行きました。
友達の家は家賃7.4万円の2DK。
家の横にはコインランドリーとパン屋。
駅周辺には大量のご飯屋さん、商店街。
太朗「東京ってなんて素晴らしいんだ。東京で売れた方がすごい!!!」
友人「おい、太朗、荷物の片付けするぞ」
太朗「おっけ!!でも、何で2部屋もあるのに俺たちは同じ部屋なん??」
友人「隣の部屋は妹の部屋やで」
太朗「…」
まさかの3人暮らしでした。
東京で漫才をする為に相方探しを始めました。
Webで調べていると、お笑い相方募集掲示板と言うを見つけ、簡単に数人の人と会う事ができました。
正直、「この人だ!」という人はいなかったが、
1番話の合う人を相方にしました。
1週間に3回程会いネタを一緒に作りました。
東京の漫才は大阪と違い、自由すぎて少しびっくりしました。
30分ほどのネタ作りを終わらせ。
まっすぐ、まっっすぐパチンコ屋さんに向かい2人で打ちました。
引っ越して来て、まだ1ヶ月。
ここからまっっすぐ人生の底に落ちて行きます。
相方と合わない日はアルバイトをして家賃や、食費などの支払い、家賃は友人に4万円を渡していました。
家賃7.4万円にしては多めに払ってました。
それは、バイトの服を毎日洗っていたので水道代と電気代が膨らむと思って渡しておりました。
引っ越して2ヶ月目
友人の妹から親にクレームが入り、友人の親から太郎にLINEが来ました。
友人親「太朗君、毎日洗濯物回してるやなー、毎日やと流石に支払い高くなってしまうなー」
太朗「そうなんです、だから少し多めに家賃代渡してるんです!」
友人親「太郎くん家の初期費用出してないから、その分で多く出してくれてるんやと思ってたわ。」
太朗「え…あ…ちゃいます。」
友人親「後、イビキ凄くうるさいから気をつけてね」
薄々感じておりました。
太郎が家だと思ってるその場所はアウェイホームでした。
相方に「すぐに引っ越そう、一緒に住もう」と声を掛け、どうにか住むことになりました。
東京に引っ越してから3ヶ月目でやっと居場所が出来ました。
ただ、そうなるとギャブルの頻度と種類が増え
2人で借りては掛けて。借りては掛けて。
2年で2000万まで来ました。
2000万で反省したのではなく
親や、親戚、金融、職場の人。
借りれる限界まだ来て、踏み止まっただけです。
太朗「このままじゃアカン」
相方と話し合い別れを告げて出て行きました。
また家が無くなりました。
家をどうしようか迷っていたら、債権者で職場の社員さんに声を掛けて頂き、家に住まさせて頂くことになりました。