いよいよ4月1日。
昨日一昨日と土日は年度末だった。
土曜日は娘の希望で水族館へ。
日曜日は息子の入学記念で近所の写真館で家族写真撮影をしてもらった。
黄砂も花粉も酷い日だったけど、私にとってはどちらも幸せな日。
金曜日の夕方は、最後の保育園への挨拶で切なさを感じていたが、
時間は一秒だって待ってはくれず、4月を迎えた。
なんでこんなに寂しいんだろうと心を観察してみた。
子どもの幼さをひとつひとつ手放す時、この痛みを感じる事に気付いた。
十月十日を経て出産に至る時。
いよいよオムツが外れる時。
保育園に入園する時。
今日で母乳が最後と決めた日…。
過ぎてしまえば過去になる日々も、区切りをつける時はいつも寂しくなる。
でも寂しく感じた分だけ、進んできた証なんだとも思う。
娘の卒園時、児童館へ通うようになった時、
娘は保育園の担任の先生にもらったお手紙を、しばらくの間ポシェットに入れて児童館へと通っていた。
「これはお守りなんだ」と言って。
気が付くとお手紙は宝箱に戻され、お守りは無くても児童館と小学校へ通うようになっていた。
子どもたちはすごい。ちゃんと変化に順応していく。
私はしばらく甘い痛みの余韻に浸ってしまう。
だってそれだけ愛しくて幸せな日々だったから。
忘れはしなくても薄れてしまう事も知ってるから。
沢山覚えてるうちに、ちゃんと寂しくなっていたい。
思いを感じ切って、それから前を向いたっていいと思っている。
そんな事を感じながら、新しい日々をスタートした。
児童館へとダッシュする、子供たちの背中を見送りながら。