卑弥呼は固有名詞ではなく、職名や象徴のような名前であったように思う。
字も「卑弥呼」ではなく、「日巫女」であったはずだ。
当時、中国は他の国を貶めるような名前をつけていたそうで、魏志倭人伝においても、そのように卑しい名前を使ったのだろう。
(邪馬壹国の本来の字は何であったのかについては、後ほど)
ところで、日本の史書にはどのように記されているのか。
実は、日本の史書には「邪馬台国」は、記されていないとのことである。古事記にも日本書紀にも。
もっとも、古事記は偽書であるとされている(教科書の縄文時代の記述と矛盾する)。
古事記については、軽はずみなことは言えないものの、むしろ、教科書の方が間違っているのではないか。
いずれにしても、邪馬台国(邪馬壹国)については魏志倭人伝にしか記されておらず、手がかりとなる書物はそれしかないということである。
(いわば、キリストのことを知る手がかりは新約聖書しかないのと似ているかもしれない。それゆえ、いろんな人がいろんなことを言うという事態になっている。)
魏志倭人伝は多かれ少なかれデタラメである、あるいは、書き間違えたという説もある。
しかし、魏志倭人伝は、当時、最も権威のある書物の1つとされていたようであり、間違いは1つもなかったとまでは言えないにしても、デタラメであるとか、書き間違えたと安易に(自分勝手に)決めつけるべきではないだろう。少なくとも、出来る限り、他のことと照らし合わせて検証す
べきだろう。
安易に魏志倭人伝は一考に値しないと捉えるのではなく、また、書き間違えたと(都合のいいように)勝手に決めつけるべきではなく、極力正確であるとして検証すべきではないか(他国を貶めるように当て字をつけるのはいかがなものかと思うが、それに関しては、時の権力者の機嫌をとるためだったと思われる)。
やはり邪馬台国(邪馬壹国)は存在したと考えるべきだ。
ではなぜ、本家本元の日本に、その記録が残っていないのか。
文字通り、邪馬台国(邪馬壹国)は「じゃま」だったのだ。(魏志倭人伝は、図らずも真実をついたことになる)


