いよいよ2011年もあと3日!!
みなさんは、いい時間を過ごしていらっしゃるかなぁ・・?
今週の銀座は、さすがに連日師走の賑わいですね♪♪
(・・・感謝です♪・・・)
銀座の街のご贔屓筋の素晴らしいところは、
『年内に一度顔を出すよ。』
という、粋で素敵な殿方が多いところ(^-^)♪♪
(”檀家まわり”してくださるんですよね~。)
クラブ・バーを何軒か回られる方も多いので、師走と年明けの銀座のクラブは、
お席がすぐに空いて、すぐに次のお客様が入られます。
今では見ていて、粋で素敵に感じる檀家まわりも、
最初にクラブでアルバイトしていた時代には、
なぜかその真意が上手く掴めなかったのを思い出します。
実はわたしは元々は、アメリカ系マインドの日本人だったので、
情緒を大切にした感情人間でありながらも、ちょっとドライで合理主義的なところがありました。
子供時代に、家庭環境でなかなかそうゆう余裕がなくて育った影響もあると思うのですが、
所謂【行事】が大の苦手だったんです(>_<)
(いまでも、まだそれ残ってますケド・・。)
お年賀状、暑中お見舞い、お歳暮、お中元、初詣、などなどの行事にも、
元々違和感があって、すごく弱いんです。
『気持ちがあるならば、季節に関係なく御礼したらいいのに!!』
って、心の底に居るアウトローの私がそう叫んじゃうんです(^^;)
『皆がやるから、私もやる。』
『やらないと皆と違ってしまうからやる。』
それが子供の頃から何故かすっごく苦手で、「決まり事だから」という理由で主流と同じ事をしていると、
『そこにホントに ”心” はあるのかな・・?』
などと、違和感と疑問を感じていたものです。
年賀状を、プリントゴッゴ(懐かしっ!)じゃなくて、一枚一枚手書きでお返事書いちゃう小学生でした(^^;)
(恐ろしく時間がかかるので間に合わなくて、3学期の始業式に学校で手渡したりもしていましたね。)
『なぜ、年の暮れって決めてみんなで感謝をする必要があるの?』
『なぜ、感謝してることをカルピス贈って示さなきゃいけないの!?』
納得出来る理由がないと動けない、”なぜなぜ子ちゃん” だったんです(^^;)
(腑に落ちるまではなかなか行動出来ないのは、今でもまだ同じですね・・・。)
ティーンエイジャーの頃は、自分のお誕生日にさえも
『放っておいたって毎年必ず誕生日はやって来るのに、
どうしてお祝いするんだろう・・・?』
と、いぶかしく思っていて、自分のバースデーなのに、
ちょっと白々しく感じていた時期もありました。
それがここ数年で少しずつ、自分の中の何かが変化していっているのを感じています。
やっぱり最近は暮れになると、今年一年の感謝を、
なぜか自然と毎日のように思い浮かべています・・・。
(特にお風呂の中とかで、小さな幸せも思い出して来て感謝しちゃいます。)
それはもしかしたら、2年ほど前に、
この言葉と出逢ったからなのかもしれません。
『あのね、竹はね、節がないとあんなに上へ上へと伸びないんだよ。
人生もね、節目を大切にしないといけないよ。』
すごくストンと、心の奥まで落ちた言葉でした。
そうだったんだ!!
節目とは、感謝をする日なのね!
と、初めて分かりました。
自分の生まれた日も、他の人が生まれた日も、
お祝いというよりは、感謝を捧げる日だったんだ!!
『この世にあなたが生まれて来て下さったので、
あなたと出逢うことができました。
ありがとう♪』
と、誰かに伝える日。
これが分かって以来は、結構スッキリ!!
毎日感謝を数えるともなく思い起こして、
再び感謝しています(^-^)♪♪
それでも今はまだ上手く
感謝を『お歳暮』とか”品物を贈る”という形式で伝えるのは、
すごく苦手な私であります。
気持ちじゃなくて、品物が伝わっちゃうように感じているからなのかな?
感謝の気持ちが大きいほどに、
どんな事をしてもまだまだそんな事くらいでは、
充分ではない気がして・・・。
感謝の気持ちは心を込めて示したい。
お相手にもちゃんとそれが伝わるように、示したい。
『私の感謝の気持ちは、缶ジュースくらいじゃ表せないわっ。』
と、思っちゃうと動けなくなっちゃって(>_<)
なかなか行動に移せないことが多いです。
(『感謝の気持ち』→『品物』へと、
具現化するのが苦手なんですね、きっと。)
来年は、もっと大人になって
いろんな節目に溢れる感謝の気持ちを、
もっと丁寧に、でももっと気軽に、
お相手に伝わるようにお届け出来る
素敵な銀座の女性に早くなってゆこうと、
心に誓う年の瀬です・・・。
今日は2011年の〆のお仕事日です。
今年も一年ありがとうございましたm(_ _)m
銀座での、2011年のお仕事納めを
今年一年の感謝を込めて、しっかりとつとめて参ります。
みなさんは、いい時間を過ごしていらっしゃるかなぁ・・?
今週の銀座は、さすがに連日師走の賑わいですね♪♪
(・・・感謝です♪・・・)
銀座の街のご贔屓筋の素晴らしいところは、
『年内に一度顔を出すよ。』
という、粋で素敵な殿方が多いところ(^-^)♪♪
(”檀家まわり”してくださるんですよね~。)
クラブ・バーを何軒か回られる方も多いので、師走と年明けの銀座のクラブは、
お席がすぐに空いて、すぐに次のお客様が入られます。
今では見ていて、粋で素敵に感じる檀家まわりも、
最初にクラブでアルバイトしていた時代には、
なぜかその真意が上手く掴めなかったのを思い出します。
実はわたしは元々は、アメリカ系マインドの日本人だったので、
情緒を大切にした感情人間でありながらも、ちょっとドライで合理主義的なところがありました。
子供時代に、家庭環境でなかなかそうゆう余裕がなくて育った影響もあると思うのですが、
所謂【行事】が大の苦手だったんです(>_<)
(いまでも、まだそれ残ってますケド・・。)
お年賀状、暑中お見舞い、お歳暮、お中元、初詣、などなどの行事にも、
元々違和感があって、すごく弱いんです。
『気持ちがあるならば、季節に関係なく御礼したらいいのに!!』
って、心の底に居るアウトローの私がそう叫んじゃうんです(^^;)
『皆がやるから、私もやる。』
『やらないと皆と違ってしまうからやる。』
それが子供の頃から何故かすっごく苦手で、「決まり事だから」という理由で主流と同じ事をしていると、
『そこにホントに ”心” はあるのかな・・?』
などと、違和感と疑問を感じていたものです。
年賀状を、プリントゴッゴ(懐かしっ!)じゃなくて、一枚一枚手書きでお返事書いちゃう小学生でした(^^;)
(恐ろしく時間がかかるので間に合わなくて、3学期の始業式に学校で手渡したりもしていましたね。)
『なぜ、年の暮れって決めてみんなで感謝をする必要があるの?』
『なぜ、感謝してることをカルピス贈って示さなきゃいけないの!?』
納得出来る理由がないと動けない、”なぜなぜ子ちゃん” だったんです(^^;)
(腑に落ちるまではなかなか行動出来ないのは、今でもまだ同じですね・・・。)
ティーンエイジャーの頃は、自分のお誕生日にさえも
『放っておいたって毎年必ず誕生日はやって来るのに、
どうしてお祝いするんだろう・・・?』
と、いぶかしく思っていて、自分のバースデーなのに、
ちょっと白々しく感じていた時期もありました。
それがここ数年で少しずつ、自分の中の何かが変化していっているのを感じています。
やっぱり最近は暮れになると、今年一年の感謝を、
なぜか自然と毎日のように思い浮かべています・・・。
(特にお風呂の中とかで、小さな幸せも思い出して来て感謝しちゃいます。)
それはもしかしたら、2年ほど前に、
この言葉と出逢ったからなのかもしれません。
『あのね、竹はね、節がないとあんなに上へ上へと伸びないんだよ。
人生もね、節目を大切にしないといけないよ。』
すごくストンと、心の奥まで落ちた言葉でした。
そうだったんだ!!
節目とは、感謝をする日なのね!
と、初めて分かりました。
自分の生まれた日も、他の人が生まれた日も、
お祝いというよりは、感謝を捧げる日だったんだ!!
『この世にあなたが生まれて来て下さったので、
あなたと出逢うことができました。
ありがとう♪』
と、誰かに伝える日。
これが分かって以来は、結構スッキリ!!
毎日感謝を数えるともなく思い起こして、
再び感謝しています(^-^)♪♪
それでも今はまだ上手く
感謝を『お歳暮』とか”品物を贈る”という形式で伝えるのは、
すごく苦手な私であります。
気持ちじゃなくて、品物が伝わっちゃうように感じているからなのかな?
感謝の気持ちが大きいほどに、
どんな事をしてもまだまだそんな事くらいでは、
充分ではない気がして・・・。
感謝の気持ちは心を込めて示したい。
お相手にもちゃんとそれが伝わるように、示したい。
『私の感謝の気持ちは、缶ジュースくらいじゃ表せないわっ。』
と、思っちゃうと動けなくなっちゃって(>_<)
なかなか行動に移せないことが多いです。
(『感謝の気持ち』→『品物』へと、
具現化するのが苦手なんですね、きっと。)
来年は、もっと大人になって
いろんな節目に溢れる感謝の気持ちを、
もっと丁寧に、でももっと気軽に、
お相手に伝わるようにお届け出来る
素敵な銀座の女性に早くなってゆこうと、
心に誓う年の瀬です・・・。
今日は2011年の〆のお仕事日です。
今年も一年ありがとうございましたm(_ _)m
銀座での、2011年のお仕事納めを
今年一年の感謝を込めて、しっかりとつとめて参ります。