器質性精神障害の3例 | gcc01474のブログ

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器質性精神障害の3例
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【症例】
(症例1)   
       バビンスキー徴候が強陽性と出る一男性患者 

【病歴】
 患者は中学の頃までは親に手の掛からない学業優秀な模範的な少年であった。しかし高校2年時より学業を怠け、統合失調症様症状を呈し始めた。
 高校卒業後、工場に勤めたが22歳時、上司と意見の対立を起こし、それ以来、出社しなくなる。そして自宅閉居を始めたため、親より勧められ精神科受診。父親はこの地方の名士であり、大学病院以外の精神科病院へ転院させることを頑なに拒み、A大学病院精神科に於いて8年と最も入院日数の長い患者であった。

【神経学的所見】
 右バビンスキー陽性(3+)および右足首腱反射昂進(3+)。あとは特記すべきものなし。

【他の所見】
 知的レベルの低下は見られない。大人しく穏やかな性格である。口数は少ない。発病時のことに触れようとすると彼は慇懃な笑みを浮かべ答え始める。他のことに関しては彼は機械的に答えるのみである。

【検査所見】
 22歳時に撮られた脳シンチグラフィ-では左側頭頂部に微かな集積が認められる。しかし(特記すべきものなし)と読映されている。
 また、23歳時に撮られたCTで左側頭頂部に微かな異常陰影が認められる。これも(特記すべきものなし)と読映されている。
 1990年にMRIを施行。左側頭頂部に明らかな脳炎の後と思われるものがある。しかし、これも(特記すべきものなし)と読映されている。

【考察】
 入院以来のカルテを調べてもバビンスキー陽性のことなどは全く記載されていなかった。ただ、入院当初、頭痛の訴えの記載が頻繁に見られる。その頭痛の訴えの記載はカルテ上、年月を経る毎に少なくなって行く。
 入院以来、症例は神経学的な検査を受けていないか、神経学的な検査に疎い医師から神経学的検査を受けたのみと推測される。「破爪型分裂症」「破爪型分裂症の典型例」との記載のみ散見された。少なくとも筆者の知る限りの精神科に於いては神経学的検査は今も昔も初診のとき僅かに施行されるに留まっている。
 左側頭頂部に脳炎の後と推定される像が精神的変動が起こった高校1年の3学期に起こったものである可能性は極めて高いと思われる。
 それまでの学業優秀な模範的な少年から、学業を怠け、統合失調症様症状を呈するようになったことは高校1年の3学期に何かの感染とそれに依る炎症が左側頭頂部に起こったと推測するしかない。
 発病時の彼の記憶は錯綜としている。発症は高校1年の3学期と推定される。そして彼は高校2年より、それまでの学業優秀な模範的な少年から脱落していった。

【付記】    
 すでに14年前に経験した症例であり、画像を提示することができないことをお詫びしたい。





(症例2)
       結核腫として長年治療されてきた一症例

 今まで tuberculoma として治療されてきた一女性患者の症例を呈示する。
 患者は中学時代にツベルクリン反応強陽性(3+)のため、肺結核として1年半入院。昭和55年より撮影してきた現在存在する5枚の胸部単純x線写真のうち昭和56年撮影のもの1枚だけに、肺尖部に微かな陰影が認められる。しかし、ここ2、3年ほどは結核の治療は中断状態であった。
 その後、精神病院を外来受診し続けて来た。患者は現在46才。精神荒廃は少しづつ進み昭和55年頃からは精神病院に入退院を繰り返してきた。左側の視力0。右側の視力は手動覚。両耳聾。昭和55年、始めて撮影した頭部CTから左側頭葉に広範な低吸収域が認められる。
 また、昭和55年の眼科の診断では左側視神経萎縮と診断された。
 今年3月(平成4年)、精神錯乱激しくなりY精神病院入院。ここで内科的疾患を疑われ今年5月、A大学病院の脳神経外科受診。頭部CT上、左側の脳腫脹著しく、即入院となる。
 A大学病院の脳神経外科に入院してからはツベルクリン反応強陽性(3+)と過去の病歴のため tuberculoma の診断のもとINF、RFPの投与を再開。
 INF、RFPの投与を開始すると血中の好酸球著明に上昇(15%~20%)。
 また、A大学病院の整形外科で右膝の蜂窩織炎と診断され、リハビリと抗生物質の投薬を受けていた。しかし、ほとんど効果は認められなかった。これは右膝が拘縮していたものであり、左側頭葉に広範な低吸収域が認められることに由来するものではないかと筆者は考えていた。

【labo data】
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抗体検査(7/11提出)

  IgG 
 風疹             + (1:640)
 麻疹             + (1:2560)
 水痘             + (1:2560)
 単純性ヘルペス        +  高値なため後日報告
 サイトメガロ         + (1:5120)
 ムンプス           + (1:640)

IgM 
 風疹             - (1:40↓)
 麻疹             - (1:40↓)
 水痘             - (1:40↓)
 単純性ヘルペス         +  (1:40)
 サイトメガロ         - (1:40↓)
 ムンプス           - (1:40↓)

 マイコプラズマ        -
 クラミジア          -
 赤痢アメーバ         -
 C. Difficile      -
-------------------------------------------------------------
培養成績  好気培養(-)
      嫌気培養(-)   
      真菌培養(-)

    2回行ったが2回ともすべて(-)
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抗PPD-IgG抗体価(7/1提出)        237

(参考)
 70-250:正常抗体価
250-300:結核の既往の確認が必要
300-   :肺結核の可能性が高い
400-   :活動性肺結核の可能性が高い
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CRPはA大学病院入院(5/16)とともに次第に低下傾向。
また、脳の腫脹もCT上、次第に軽快していった。

7/21 単純ヘルペス抗体(IgM)陽性のため aciclovir の投与を開始。しかし病状に著明な変化は labo data からも認められず。

8/19 病状安静化のためY精神病院帰院。      
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【考察】
 検査結果からも過去の tuberculoma の診断は誤りであり、他の脳炎が最も疑われる。この症例を考えてみると、中学時代に一年半の結核での入院治療、そして同じ中学時代に4回もの中耳炎の手術。中耳炎の原因が何だったのか、そして結核が本当に結核だったのか、確かにその頃(昭和32年頃)では結核の診断はツベルクリン反応とx線撮影に依るしかなかったと思われる故に非難することはできない。また中耳炎の診断も中耳炎の原因が何であったのか、その頃では不可能であっただろう。結核に全く罹患していなくてもツベルクリン反応に過敏に反応する者は比較的多数存在する。
 これは血管造影などによりアスペルギールス脳炎が最も疑われた。脳腫瘍と疑われた眼球突出はアスペルギローマであり、内頚動脈内壁の不整像などはアスペルギールス感染に典型的なものであった。
 そして今回の急性増悪は単純ヘルペスの感染に依るものである可能性が高い。
 すでに入院より2ヶ月を経ており、aciclovir を投与しても今回の急性悪化がヘルペス感染による急性脳炎であったとしても病状の劇的な改善は見られないのが普通である。
 カルテには『7月21日、単純ヘルペス抗体(IgM)陽性のため aciclovir の投与を開始したが、病状に著明な変化は labo data からも認められず』との記載がある。
 患者は元の精神病院へ転院となった。昭和30年代の未設備な医療環境の犠牲者であると思われる。稀な症例でもあり、多数の人を救うことには繋がらず、ごく少数の人を救えるのみの症例であった。

【付記】
 すでに15年前に経験した症例であり、画像を提示することができないことをお詫びしたい。





(症例3)
microprolactinoma で anorexia nervosa 様症状を呈した一女性例

(病歴)
 7年前より、不明熱および腹部痛にて内科を転々とし、1990年(3年前)には血中 prolactine が高いとして prolactinoma を疑われ、A大学病院にてトルコ鞍の造影MRIを施行されたにも拘わらず発見されず(微細に読映すると microadenoma が確実に存在する)そのまま経過観察となっていた患者である。
 患者はA大学病院精神科に精神科的アプローチで治療できないかとA大学病院内科より紹介されてきた。そのとき、薬は水を使って飲んでいたが、食物摂取不能のためIVH(intravenous hyperalimentation)が行われていた。
 すなわち、内科的になぜ食物摂取不能なのか解らず、精神科へと送られてきた。
 面接し病歴を聞くにつれ、こういう体の状態のため少し抑鬱的にはなっていたが、性格は明るく外向的であることが解った。
 prolactinoma によりホルモンのバランスが崩れ、それが自律神経のアンバランスを招き、現在の身体的状態に陥っているものであった。更年期障害が極めて激しいものと良く似たものである。更年期でもホルモンのバランスの乱れから自律神経失調症を来す婦人が多数存在するが、その最重症のものと推測された。------prolactine は80ngと正常上限の約6倍。そして乳汁濾出と月経不順が存在する。
 下垂体の microadenoma はT1強調で hyperdensity、T2強調で hypodensity でなければならないが、MRI(3年前のもの)を微細に読映すると microadenoma が存在する。これが prolactine を産生しているものと思われた。
 また、この患者の不明熱、腹部痛は以下の表で説明できると思われる。


下垂体に microadenoma の存在
    ⇩
ホルモンの乱れ
    ⇩
自律神経の乱れ
    ⇩
不明熱、腹部痛、摂食不能


 この患者の prolactine 値は80前後と正常者上限の6倍程度であり、薬剤性にもprolactine 値はそれに近いほどまで上がり得ることは良く知られている。しかしこの患者は prolactine を上昇させる薬は服用していない。
 また、この患者の不明熱は37℃台である。腹部痛は軽く、ときどき軽く起こる程度である。 

【考察】
 このような microprolactinoma に対して bromocriptine または terguride というドーパミンD2受容体作働薬が投与される。直径1~2mm ほどの極く小さなmicroprolactinoma でありドーパミンD2受容体作働薬投与のみで治癒した可能性が高い。例え、 ドーパミンD2受容体作働薬投与のみで治癒しなくても放射線療法を併用する方法がある。また、これにても治癒困難であれば Hardy の手術で有名な経蝶形骨洞下垂体腺腫摘出術などが現在では非常に安全に行われている。
 筆者は医師1年目であった前年、脳外科に在籍し、頭部のみは詳細にMRIやCTを読映できていた。そして放射線科から(特記すべきものなし)として帰ってきている精神科の患者のフィルムのなかに、多数、僅かながらも器質的な異常を認められるものが存在した。
 これはA大学病院に於いては放射線科に極めて過剰な物理的負担が掛かっている故であった。少なくとも筆者がA大学病院勤務の頃は、放射線科の医局員はその日に撮影した莫大な量の撮影画像の読映を終了しないと帰宅することが許されていなかった。当直の夜など深夜まで掛かって読映を行っている放射線科の医師の姿を頻繁に垣間見た。
 精神疾患(とくに統合失調症や不安障害、うつ病)は器質的素因の下に何かの trigger となるものが加わって発症する。器質的素因の薄いものは一過性のものとして簡単に治ってゆく。しかし器質的素因の濃いものは長期罹患となってゆく。

【最後に】    
 症例は結局「医師2年目の読映を信じるな」と内科の助教授より告げられ、放射線科の読映に従い、原因不明となり、A大学病院より他院へ移った。あれから14年経つ。現在、どのようにしているか、不明である。 

【付記】
 すでに14年前に経験した症例であり、画像を提示することができないことをお詫びしたい。


【文献】
1)加藤隆勝:青年期に於ける自己意識の構造心理学モノグラフ no.14.東京、有斐閣、1997
2) Rosato F, Garofalo P:Hyperprolactinemia: from diagnosis to treatment.Minerva Pediatr 54:547-552、2002
3) Tsigos C, Chrousos GP:Hypothalamic-pituitary-adrenal axis, neuroendocrine factors and stress.J Psychosom Res 53(4):865-871、2002
4)堤啓:神経性無食欲症---自己感覚不全の再形成を目指して---.精神科治療学 16:349-353、2001
5) Vance ML:Medical treatment of functional pituitary tumors.Neurosurg Clin N Am 14:81-87、2003  
6) 山路徹:プロラクチノーマの臨床.ホルモンと臨床 37:1079-1088、1989
7) 山路徹:プロラクチノーマ.日内会誌 83:2069-2074、1994

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