絶え間なき潤いを求めて -11ページ目

絶え間なき潤いを求めて

心を浄化させるために。

 先日、同窓会に参加してきた。結果から言えば、参加して良かったと思う。以前から話してみたいと思っていた人が来ていたので、勇気を出して話しかけてみた。思った以上に話が弾み(ほとんど相手の話を聞いていただけだったが……)、別れ際に「またお話を聞かせてください」と伝えることができた。相手もそれほど嫌な顔はしていなかったと思う。少しは前に進めたのかもしれない。

 同窓会が終わると、途端に猛烈な孤独感に襲われた。今年は後何回、友人たちと会うことができるのだろうか。そもそも、普通の人はどれくらいの頻度で遊びに出かけるものなのだろうか。1人の時はどのように過ごしているのだろうか。普段から孤独に生きているのに、私は未だに孤独の楽しみ方が分かっていない。今後も孤独感を抱えたまま、いつも通り会社へ行き、つまらない仕事に頭を使うのだろう。このまま生きてる意味があるのだろうか。

 仕事を進める中で、上司からアドバイスをされることがある。このアドバイスが、今の自分に役立ちそうで役に立たないという微妙なものなのだ。
例えば、目の前に熊が現れた時、欲しいアドバイスはどのようなものか? 単純に「ゆっくりと動け」とか「◯◯を使え」とか、この危機的状況を切り抜けるための言葉だ。私の上司は、このような状況下でも、「こういう場合に備えて、もっと本を読んで熊の性質を学んでおくべきだね」とか「脚力を鍛えておくべきだね」といったような、今の自分に直接役に立たない言葉を投げかけてくる。
もちろん、上司の意図も理解できる。私の数年後を見据えたアドバイスをしているつもりなのだろう。ただ、それだけがアドバイスではないはずだ。今の状況でどうするべきなのか。現時点での私に刺さる言葉が欲しい。数年後ではなく、現在の私を見て欲しい。

先日ゼミの後輩からLINEのグループへ知らせが来た。教員Kの息子さんから依頼があり、教員Kへの誕生日プレゼントとして、卒業生からのお祝いの言葉を集めているとのことだった。私のブログの読者ならご存知だと思うが、私は教員Kに対して良い印象が全く無い。皮肉をきかせた言葉でも送ってやろうかと思ったが、面倒なのでやめることにした。結局、私だけでなく他の卒業生からも全く返信が無かったようで、後輩たちがお祝いの言葉を数名分代筆してくれたようだった。誕生日当日、プレゼントを渡された教員Kは珍しく涙を流したそうだ。この件について、それほど感じることは無い。私自身の罪悪感は全く無く、教員Kに対する「ざまあみろ、これがお前のしてきたことに対する報いだ」という気持ちも無い(そもそも、教員K本人にダメージは全く無いのだから)。プレゼントが「虚構」であったとしても、本人が喜んでいるのならそれでいいのではないか。