一連の散文で構成される「転生道」は、誰でも歩める道として産み出した思想です。私の真似をしろなどとは言いませんが、既存の思想に懐疑的な人には、是非ともご一読いただきますよう、お勧めしておきます。


但し「転生道」は、すべての人に適合する思想ではありません。以下に挙げる条件に強く当てはまる場合、この道は支えにならない、あるいは負荷となる可能性があります。無理に読む必要も、採用する必要もありません。


1.即時的な救済や慰めを必要としている方 

この道は、苦をただちに取り除く約束をしません。今すぐ楽になる事、安心を与えられる事を第一に求める方には不向きです。


2.明確な正解や指示、善悪の線引きを求める方

転生道は、何が正しいかを教えません。判断を代行せず、選択の責任を個人に返します。


3.自己責任論によって傷ついてきた方

苦や停滞を意味づける言葉が、さらなる自責を生む場合があります。その場合は距離を取る判断が正しいです。


4.科学的実証や客観的証明を最重要視する方

転生道は、転生を事実とは主張しません。「仮定」として採用しています。この姿勢に納得できない方には不要な思想です。


5.怒りや対立を行動の原動力としている方

この道は、敵味方の分断や闘争を促しません。変革や告発を主眼とする倫理とは相容れません。


6.他者を導き、教え、救う立場に立ちたい方

転生道は、師・指導者・救済者を必要としません。説教や導きに意味を見出す方には窮屈でしょう。


7.人生の一回性に絶対的な価値を置く方

失敗の回収不可能性、取り返しのつかなさに美を見出す立場とは、この道は緊張関係にあります。


8.生を物語や意味として解釈されたくない方

転生道は、生を学習過程として読む枠組みを持ちます。意味づけそのものを拒む方には不向きです。


以上は排除のための列挙ではありません。
この道が合わないと感じる事もまた、一つの妥当な判断であり、因果の一部です。 

転生道は、選ばれなくても構いません。
必要とされる時にのみ、在ればよい思想です。


和歌。

新しき果てなく続く道を敷く我が子の如くわれ慈しむ


2026.1.23