ど久しぶり
急にアメブロが思い浮かんで、過去の自分の記事読み漁ってた。
誰も見るはずがないから敢えて書いてみようかなって。
最後の更新が中1くらいで記事がすっからかんの恥ずかしい内容ばかりで笑った。
全部消そうかなって思ったけどこれも当時らしさかとまあ残しとく
懐かしいなー
当時はこんな感情だったなあとか、もっとガッツいて青春しとけばとか、あん時もっとこうすればとか後悔の念もあったり。
俺は当時思春期も重なってか、本当にメンタルが弱かったし、何にも考えてなかった。
最悪×最悪
今だから思う当時の改善点といえば、恋愛と友情と意志の強さ、丁度いい楽観さが足りなかったねー。
自分の短所ばかり気にして、度胸がないから恋愛も積極的になれていなかった。
自分の難点を直して、自分軸をしっかり持っていれば、アイツとも野球少年の時のようにずっと仲良くやっていたかも知れないし、あの子とも付き合えてたかも知れないのに。それだけの条件はそろってた。
これは俺の中の永遠の後悔であり、おそらく本人らに伝えるタイミングもないから墓場まで持ってくことになりそうだ。
甘酸っぱくて、苦い思い出は誰しもあるもんなんかね?
でも当時があったから今がある。
そして今の自分はそこまで嫌いじゃない。
変わったきっかけは19歳。
俺がボクシングを始めた頃だ。
野球をやっていた時代は積極的に練習はしたくない。試合も別に勝っても負けてもどっちでもいい。けどヒットは打っときたい。
レギュラーでなくても、ベンチに入っときゃあ数合わせに入んだろ。
くらいのヘボマインドで望んでいた。始めたのも親に知らない間に入れられていたっていう不憫な理由。
じゃあなんで野球続けられたんだよって
なりますよね?
目標がなかった。変化が怖かった。だから惰性でやっていた。
当時その渦中にいながらも、このまんまじゃ腐ってくなあってのは感じてた。
でも、何もしなかった。考えることすら放棄していた気がする。
今思えば、軽く鬱だったんじゃないかとすら思うw
そんなこんなで惰性の日々を過ごしてくうちに、社会人になった。
学生の頃は社会人は勉強もないし、自由だしっていいなあって楽観的にしか考えてなかったけど、めちゃくちゃシンドイわこれってなった。
その頃がターニングポイント。
テキトーに学生期間過ごして、テキトーに就いたら、こんなシンドイなんてやってらんねえよ!ってそこで初めてじゃあ俺は何をしたいんだ?って考え始めた。
今思うとほんっっっとうに思い始めるのが遅すぎた。
仕事をしたくないわけじゃないけど、何か自分を高められることをしたいって思った。
大学に通う?でも社会人から入学するのでも目的がないしなーとか、いろんな職種を探して、放射線技師、海上保安官、弁護士になったろうか!とか盛大に迷走していた。
でもそれで良かった。まずは自分からやりたいことや目標を充てることで不安を和らげていたし、考えるのが楽しかったから。
そして19歳の誕生日を迎える前、テレビで井上尚弥の白熱した試合を見かけた。
マジでこれだって思った。
そして4月になり、早々札幌のボクシングジムに行きプロ志望で通い始めた。
その一年は地方での仕事になり、滝川から札幌の往復で通っていた。
片道で1時間半くらいかかるけど、それも苦に感じないくらい夢を持って生きることに充実感があった。
そんなこんなで12月になり、来年からはもっと本格的にやろうと仕事を辞めてまで札幌に引っ越した。
友達と飲みに行ったある時、俺は敢えて周りにボクシングでやってやるんだって公言していた。
それが自分は頑張るしかないんだという鞭打ちにもなるし、なんせ目標を追っている自分に酔っていた。
熱い話をみんなでしていくうちに、涙を流していたり。
アイツもその時の思いを口にしてくれてそれが凄く嬉しかった。
より一層やってやんなきゃと誓ったよ。
しかし、とんとん拍子に上手くはいかなかった。
ハードな練習、スパーリング漬けでボコボコにされる日々
ハメを外したい年頃で、飲み歩きたい葛藤。
そんなもの一時的に我慢してやればいいものを。
自分の弱さがここぞとばかりに顕著に出てしまった。
結果ボクシングを辞めた。
初めて自分から目標を掲げて頑張っていたものがなくなった時、すごく落ち込んだ。
俺は何かに縋って、自分を誤魔化していただけなんだと。
でも、この一連のきっかけのおかげで俺はだいぶ強くなれた。
挑戦する大切さ。これって普通は学生のうちには感じるものだと思うけれど、そのタイミングで大切さを学んだ。
結果として何も出しきれてなかったけど、ほんといい経験になった。
現在24歳。
挑戦したい仕事が出来、学ばせてもらいつつ仕事をしている。
来年には開業届だして、少しずつ自分のペースでやってこうと思う。
ほろ苦い大人の方が味があるでしょう?
なんてな
くっさ