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今日は6.25日 

韓国で戦争が起きてから65年になる日です


当時、多くの人たちが命を失い、その中にはまだ幼い学生たちもいました。

彼らの年は15~18歳 

まともな訓練も受けず、銃の撃ち方さえ覚えれたまま戦線に投入されました。


彼らと関連した映画もあります




<포화속으로 砲火の中へ>


ビッグバンのTOP、クォン・サンウ、チャ・スンウォンなどの俳優らが出演した

実際の事件をモチーフとして作った映画です

1950年8月、韓国の"浦項"を過ぎて"釜山"に進出しようとした北朝鮮軍の遊撃隊と彼らを防ぐため、
浦項女子中学校に集結した学徒兵71人の話です。


彼らに支給された実弾は250発

銃撃戦と白兵戦に 

71人の学徒兵が、北朝鮮軍の遊撃隊数百人を11時間にわたって阻止しました。


この11時間で民間人と主要機関が安全に避難。

韓国軍3師団と米軍が反撃の基盤を築くことができました


学徒兵71人のうち47人の戦死。

戦死した学徒兵の中で送れなかった手紙が発見されました。


お母さんに送る手紙


1950年8月10日木曜日天気晴れ


お母さん、 

私は人を殺しました

手榴弾という恐ろしい爆発兵器を投げて 

一瞬に殺してしまいました。


お母さん、

敵は脚が切り落とされて、 

腕が落ちました。


いくら敵だが 

彼らも人だと思ったら、 

さらに、同じ言語と同じ血を分けた 

同族だと思うの 

胸が重苦しく、重いです。


お母さん、

戦争は、なぜしなければならないんですか?

この複雑で苦しい思いを 

お母さんに知らせたら

私の心がに沈みそうです。

私は恐ろしい気がします。


今私のそばでは数多くの学友たちが 

死を待つように 

敵が飛びかかることがことを待ちながら 

熱い陽射しの下に伏せています。

敵はとても多いです。 

我々はようやく71人です。

これからどうなるのかを考えたら怖いです。


昨日、私は下着を自分で洗って着ました。

ところで私は清潔な下着を着替えて

なぜ寿衣を思い出したのか分からないです。

死んだ人に着替えさせた寿衣です


お母さん、 

もしかしたら私が今日死ぬかもしれません。

あの多くの敵が 
そのまま退くそうにないからです


お母さん、死が怖いのではなく

お母さんも、兄弟も会えないと思うと 

怖くなっているのです。

しかし、私は生きて行きます。

必ず生きて行きます


お母さん、ようやく心が安定になるんですよ。

お母さん、私は必ず生きて 

再びお母さんのそばに行きます。


サンチュサムが食べたいです。

冷たい小さな泉で歯がしみるように 

冷たい水を限りなく飲み干してみたいです


あ!、敵が近づいています

また書きます。

お母さんさよなら!さよなら!

あ、さよならじゃありません。

また書き直しますから... 

じゃ...


ソウル同性中学校3年生

学徒兵のイ・ウグン



今も世界のどこかでは 

お互いに銃口を向け合って 

お互いを殺した悲劇的なことがたくさんあるのに 

一日も早く平和な世の中が来て欲しいです




- 翻訳を使用するので、内容がおかしいです-