ABBAちゃんは、世間のいわゆる「独居老人」だが、ソコに「暗さ」とかは微塵も感じられない。
むしろ「底抜けに明るく」て、「たくましい」老人だ。
ボクたち二人は遭遇して、すぐに打ち解け合って古い友人みたいな会話をかわしたんだけど、彼は初対面の女性看護師さんに対しても同様なんだ。
二人部屋で、ボクも居るトコロで、担当の女性看護師さんに病歴やら今現在の症状の「聞き取り『問診かな?』」をされていたんだけど、「嗜好」のハナシになって、彼女に
「お酒は日常飲まれますか?」
と、問われて、
「イヤ、私は一滴も飲めません。結婚式の当日に、三三九度の杯で、酔っぱらってしまって、その後ひっくり返って、婚礼の記念撮影も出来なかったぐらいです。
女房とはお見合い結婚ですけど.....」
って、自分の身の上話までペラペラと披露しちゃって、彼女は面食らって笑いをコラえるしかなかったし、ボクはボクで、二人の会話に背を向けて、聞こえなかったフリをして、必死に笑いをカミ殺すしかなかったんだけど.....
彼は糖尿病の気もあって、糖分は避けなくちゃあならないんだけど、甘いものにはめがないらしい。
とくにアイスクリームは大好きで、某製菓の「チョコ-モナカ-ジャンボ」は独り暮らしのアパートの冷蔵庫の冷凍室にはかかせないらしい。
ここを退院したら、帰宅して(住処はこの病院から、クルマで二時間はかかるらしい。言葉は悪いが辺境の地だ。)「チョコ-モナカ-ジャンボ」を貪るのが、ささやかな願望らしい。
年老いてから得たトモダチは貴重なものだ。ボクがまだ若かりし頃、一緒に夜のネオン街を彷徨(徘徊でもイイんだけど、この言葉の方が、なんとなくロマンが感じられて、ボクは好みだ)った、悪友も既に鬼籍の人だ。
老いて、わずかながら交友を続けていた親友の「ヤッサン」も.....
彷徨とABBAちゃんも、これから先交友を続けるかも知れないけど、お互い年を食っているので、再会しても二人とも呆けてしまって、お互い何処の誰とも分からないかもしれない。
そこでボクは、こう提言した。
「ABBAちゃん、『合い言葉』を決めとこうよ!」
二人がまた偶然出くわしても、お互いが分かるように!」
「へぇ、そりゃ イイですね!何にします合い言葉は?」
ABBAちゃんも乗って来た。
すかさず、ボクは
「先に気づいた方が、『チョコ-モナカ』って発声するんですよ!」
「それで?」
「そこで、受ける方が『ジャンボ』って応えれば確認出来るんですよね!成立するんですよ!どうです?」
「イイですね.....でもふたりとも呆けていて、合い言葉さえすっかり忘れてしまって居るかもしれんですけど......」
ボクたちは声を潜めて笑った。
病棟は廊下のみボンヤリと薄明かりの照明が照らしているが、静寂に包まれている。
この項 終わり