いつからか自分を客観視できるようになったと勘違いしていた。中学生ぐらいの時から自分と他人を重ね合わせてみるようになって、自分がやってることが痛いことなんだなあと感じた。「俺ってサイコパスで~w」とか言っている人を見るたびに、見てて痛々しく感じると同時に自分の醜い部分を見せつけられているようでなんか嫌だった記憶があります。
このころ、人間は思っているより感情的な生き物で、理屈とかは後から来るものなのかなってきがしてた。どういうことかというと、人間は自分がどういう行動をとるか、ということを感情や本能を基に最優先で決めていて、その理由や動機などは後から考えていることが多いんじゃないかってこと。全然うまく説明できてない気がする、伝わってたらいいな。最初にそう考えたのは、テストで悪い点数をとった時。ありがちな勉強だけが全てじゃない、なんて言い訳を誰に聞かせるでもなく言っていた。自分自身に言い訳しようとしていたんですね、愚かなことに笑。「自分に言い訳してる自分」を客観的に見たとき、恥ずかしくてたまらなかった。
この考えの怖いところは、一度そう考えると自分のすべての思考に疑問を持ってしまうこと。ゲームをしたいって思っても、「勉強から逃げたいだけなんじゃない?」って言ってくる自分がいる。でも勉強しても、「両親に気に入られたいだけなんじゃない?」って今度は言ってくる。開き直って結局ゲームしようと思うと、「開き直れば言い訳になると思ってるの?」って言ってくる。これ全部自分の中で考えてることなんですよ、ネガティブにもほどがあるだろ笑。
自分の精神的な成長はここで止まりました。この気づきから約5年ほどが経っても、僕は「自分に言い訳している自分」を見続けています。いつからか自分の行動が全て言い訳に見えてきて、自分が考えていることに自身が持てなくなりました。最近の口癖は「これ言い訳かもしれないんだけどさ...」。いやいや、お前それ言えば免罪符になると思ってんの?
結局、自分は何を考えて生きているんでしょうか。自分の考えていることが本心なのかわからなくなってきました。このブログをなんで書き始めようと思ったのかも、なにが言いたかったのかもわかりません。このブログをみてなにか皆さんが感じることがあれば幸いです。いや、これも本心ではないのだろうか....