(movies.yahoo.co.jpより)

 

 

昨年末にアップしたかったんですが、年を越えてしまいました。

これ 観ずに死ねるか!レベルの、素晴らしい作品です。

子ども目線なんてよく言われますが、そんなヤワな感覚ではない。

観ているアナタは ゼインの重たい荷物を持ち、妹の手を引きながら

ゼインの責務も背負いながら、一緒に歩いているのです。

ドキュメンタリーのような世界観、リアルすぎてショッキングなこともありますが

悲しさも怒りも、何もかも吹き飛ばすのはこのゼインです。

分類は本来 「泣けた~」 とか 「考えさせられる」 とか 「せつない」 とかでしょうが…

やっぱり 「元気になった!」 強い力をもらえます。

 

 

ナディーン・ラバキー 監督は、3年間も難民・移民の声を聞きながら脚本を作り

役柄に似た境遇にある出演者たちと撮影、さらに2年かけて編集して完成。

ほとんどが演技は未経験だということが信じられません。監督いわく

「子どもが全ての始まり。何も与えられるものがなくても、愛だけは与えること。

子どもたちは、世界をフィルターなしで、ありのままに見ている。

大人が生み出した混乱について、子どもたちがどう思っているか

私自身が子どもたちの声となって、子どもの視点で語ること。

それが、この映画で私が一番大切にしていたところです」

 

 

ゼイン役の アル・ラフィーア はシリア難民で、ベイルートのスラムで成長しました。

まだ12歳で、俳優としての教育はおろか、文字さえ読めなかったそうです。

映画内でも言われるように、撮影終了後ノルウェーに移住し

生まれて初めて学校に通っています。妹サハラ役の セドラ・イザム も学校に通い

 「いつか映画監督になりたい」 と言っています。

ヨナス役のチビちゃんは、検索すると女の子っぽい映像が出てきましたが…?

小さな俳優さんたちに、強烈に心を持っていかれます。

彼らのありのままのパワーを、ヒシヒシと感じる傑作。

 

 

(boy-actors.comより)

 

 

【登場人物】

ゼイン……スラム街で育つ、貧しい大家族の長男で、幼いながら一番の働き手。

サハル……ゼインの (すぐ下の?) 妹。その下にも、名も無き兄弟が大勢。

父親……仕事してる姿が一回もなかった。いつもヤクをやってボ~ッとしている。

母親……仕事と子育ては一応やるが、幼な子らをほぼ放置する、テキトーな母親。

ティゲスト……本名はラヒル。移民のメイドだったが、妊娠して雇い先を逃げ出した。

ヨナス……ラヒルの息子、まだヨチヨチ歩きがやっと。

アスプロ……証明書やパスポートの偽造・養子の斡旋などで儲ける、うさん臭いヤツ。

アサード……幼いサハルを妻にと望む、小売店の店主。

メイスーン……物乞いの女の子。

 

 

【ここからネタバレあらすじ】

 

 

痩せこけた男の子。乳歯が無いことから12歳か13歳だろうか。

冒頭タイトルロールと共に、上空から撮影される果てしない貧民街。

手錠をされているのはさっきの男の子。裁判所の前には人だかり。

男の子はゼイン・アル・ハッジ、幼いこの子がこれから裁判を起こすのだ。

彼はすでに罪を犯して、5年の刑を宣告されている。

出生証明書はなく、両親でさえ息子の誕生日がわからない。

彼はいつも眉を寄せ、ヘの字に結ばれた口元、刺すような鋭い目線。ときおり

厳しさは緩んでも、ただ虚ろな表情。何もかもを疑り、拒んでいるよう。

「両親を訴えたい。僕を産んだ罪で」

 

 

(chinadailyhk.comより)

 

 

ゼインはずっと働いてきた。両親の違法な麻薬作り、薬を取りに薬局へ。

何種類もの錠剤をすりこぎ棒で粉にし、水に溶いて洋服に染み込ませる。

そして乾かしたものを刑務所の仲間に差し入れるのだ。

なるほど服なら怪しまれないで届けられる。「服から絞り出すのが大変なんだ」

兄弟は多く10人以上はいるだろうか、多すぎて面倒見きれないとはいえ

小さい弟妹は動けないよう足に鎖を繋がれている。動物並みの扱い。

ウチの中は水道管が破裂して水浸しになったり、「こんなボロ屋住みたくない」

家中足の踏み場もなく乱雑で不潔、子どもたちの泣き声。

 

 

彼は細っこい腕で、重たい荷物を何度も運び、アサードから稼ぎを得ていた。

母親へのタバコの他に 「愛しのサハルへ渡してくれ」 

しかしゼインは妹あてのラーメンやグミを、途中のゴミ箱へ投げ捨てる。

オヤジがいることはいるが、何もせずヤク浸り。ゼインはこんな家族の兄貴分。

自家製ジュースだと野菜を切って作り道端で売るゼインと兄弟。

妹のサハルが初潮を迎えるが、血の付いた下着を洗ってやるゼイン。

ナプキンも買ってやるが、内緒にしろという。「バレたらアサードのモノにされる」

酷すぎると同時に、何もかもわかってるゼインに驚く。

 

 

(letterboxd.comより)

 

 

彼は親以上に、この家になくてはならない存在だ。

父親は 「学校なんか行かなくていいから、アサードの店で働け」

母親は 「学校に行けばいい、食べ物貰えるし、備品も勝手に持ち帰れる」 

もちろん帰ってから働くことも折り込み済み。子どものことなんて考えやしない。

そうでなくともゼインは毎日働き詰めだ。

男が少し触ってくれば 「触るな、クソが」 普通の子どもの言うことではない。

ある日アサードが家にやってきた。「ニワトリとサハルを交換する気だろ!」

ニワトリと?対価が安すぎるし、こんな幼い女の子が……

 

 

ゼインは必死に止めようと、翌朝サハルと家を出る準備をする。

食料を盗み、バスの運ちゃんに算段をし、いざサハルを迎えに戻ると…

既に遅く、妹は連れ出されようとしていた。サハルも泣き叫び

「行きたくない、家にいたい」

父親も母親も止めるゼインをぶちのめし、無理やり引き離し連れ去った。

ゼインはこれには耐えられず、自分も家を出たのだった。裁判で両親は

「貧しさから救うためです。私らといたら終わってた」

「思いもしなかった、息子が人を刺すなんて。全部私らのせいか?」

どうやらゼインはアサードを刺したのかもしれない。

 

 

(rogersmovienation.comより)

 

 

ゼインにしてみれば、妹がいたから家にいたわけで、未練は少しも無いようだ。

バスに乗ると隣に座ったヘンテコな初老の男。

一見スパイダーマンの格好だが、胸に付いてるのはゴキブリの形。

彼はゴキブリマンだという。「スパイダーマンとは親戚だ」

彼はある遊園地で降り、行く所のないゼインも後を追う。

トウモロコシ売りの痩せぎすのオバサンは少し気味が悪い…

遊園地で働く移民女性のティゲスト、彼を見て微笑む。事情は察してるんだろう。

日本ならすぐ、警察とか家に返すとか、なるんだろうな~。

 

 

ゼインはここで働きたい、何でもやると交渉するが、ダメだった。

ティゲストも問題を抱えていた。仕事しながら、まだ歩けない子どもを育てていた。

見えないようにベビーカーを布でくるみ、なんとトイレに置いておくという…

もちろん仕事の合間、オッパイやりに来ている。ティゲストは彼を家に住まわせる。

ゼインに子どもの面倒をみさせて、気にせず仕事に行けるというわけだ。

ゼインがヨナスをあやすさまは、ずっと見たいほど微笑ましい。

ティゲストは違法に手に入れた身分証と見比べ、自分の顔にホクロを書き込む。

ある日ケーキを持ち帰り、ロウソクを吹き消すと、やっとゼインは笑顔に。

 

 

(imdb.comより)

 

 

そのティゲストもゼインの裁判に出頭、名前も本名はラヒルといった。

不法就労で国外追放だと。妊娠してメイド先から逃げ出していたのだ。

子どもが見つかると、奪われ国外退去になるという!

貧困に加えて移民問題…映画はシビアな現実を突きつける。

しかしゼインに子どもを預けていても、信頼していたという。

滞在許可証も期限切れ、彼女は偽造屋アスプロから、高くふっかけられていた。

ダメなら息子を養子に出せという。ヨナスもこのままでは出生証明がないのだ。

もちろんアスプロは里親からカネをせしめるんだろう。

 

 

ラヒルはヨナスの父親らしき男に会いに行くが、その男も頼れる余裕はなかった。

彼女は遊園地のゴキブリマンと痩せぎす女に (夫婦?)

一芝居打って雇い主を演じて欲しいと頼む。2人は別人になりすますが

移民局で電話番号を聞かれ答えられない。やはりうまくいかなかったようだ。

ティゲストは髪の毛を売り、それでも子どもらといる時は笑っていた。

3人はつかの間幸せそうだった。この赤ちゃんホント可愛い。

ラヒルは母親に泣きながら電話する。「今月は仕送りできない、ごめんねママ」

この、いっぱいいっぱいの暮らしで、仕送りまでしてたとは!

 

 

(eiga-pop.comより)

 

 

ある日ラヒルはいなくなった。ホント突然に…

ゼインはヨナスの面倒を見ながら勤め先やアスプロの所を探す。

同じように物乞いをしてさまよっている、メイスーンという女の子と出会う。

ヨナスを弟だというと、当たり前だが似てないと言われる。

「生まれた時は僕も黒かった。だんだん白くなるんだ」

ラヒルは警察に捕まっていた。「ヨナス、ママを許して」

オッパイ飲ませないから乳が張る。泣きながら絞るラヒル。

ホント切ない、子どもを置いてきているとは決して言えない…

 

 

お腹が空いて泣くヨナスのために、ゼインはミルクを手に入れる。

この子あまり泣いた所がないのだが、ゼインの胸元を探ったり可愛い!

撮影どうやってんだろ…実にリアルな子ども目線。

食べ物は底を尽き、やがて水も出なくなる。

ゼインは近くの子どものスケボーを取り上げ、大きな鍋にヨナスを入れ

小さい鍋も括りつけ、スケボーに乗せ紐を付け、ガラガラ引っ張りながら道を歩く。

こんな状況なのに笑ってしまう、おかしな光景。

人に聞かれると 「鍋を売ってる」 ww

メイスーンも墓から持ってきた花輪を売るという。たくましい子どもたち。

「関係ないだろ、大きなお世話だ」

 

 

(asahi.comより)

 

 

「私はこの国を出る。スウェーデンで安心して暮らせる」

「僕も行く」 アスプロが手配してくれるという。これは怪しい…

ゼインは配給所に行くことに。もしヨナスの肌が黒いことを聞かれたら?

「母親が妊娠中にコーヒーを飲みすぎた」 こういう所はやっぱりカワイイ。

配給品を鍋に乗せると、ヨナスを歩かせるがやっとこヨチヨチ。

座り込んだので粉ミルクを食べさせる。車がどんどん走ってる道路脇!

危ないとかそういうレベルは超えてるんだよね~

実際はこうだという現実的な目線で、撮影されてるんです。

 

 

ゼインは金を貯めるため、以前やっていたヤク作りを始めた。

薬局から薬を持ち帰り粉にして水に溶く。水はないから海水だけど…

安くしてあげると街中で売り歩く。もちろんヨナスも連れて。

赤ちゃんと子どもが売人という、おかしな構図。

最初は儲かったが、こんな子ども相手に悪い男どもがマトモに払うわけなかった。

「失せないとブン殴るぞ」 ほうほうのていで家に帰ると

荷物が外に出され、カギを閉められている。大家さんに追い出されたのだ。

家賃払ってないからね…ドアをガンガンやると、警察を呼ぶと怒られる。

「まだこの中にあるんだ、僕のお金が!」

 

 

(boy-actors.comより)

 

 

2人は家もなく親もなく… 「ここにいろよ」 ゼインはヨナスを置いて歩き出した。

ヨナスはヨチヨチ後を追って…道路の方に行ってしまう。

ゼインは慌てて連れ戻し、動けないように片足を縛り付ける。

ヨナスはゼインをひたすら呼んでいたが、とうとう泣き出した。

見ていたゼインの目にも涙が…信じられないほど自然な涙。

脅威的な演技力か、はたまた現実なのか?

そしてゼインはヨナスの元へ駆けよる。2人が本物以上の兄弟に見える。

ゼインの頬をポンポンするヨナス。

「いいんだよ、いいんだよ」 と言ってるみたい。

 

 

(cinemaforensic.comより)

 

 

ゼインは観念し、アスプロに頼むと決心する。このままでは2人生きられない。

金と引き換えにヨナスを預け、別れのキスをする。

悲しそうにその場を立ち去るゼイン、何もかも受け入れたかのように

ゼインを真っ直ぐ見つめるヨナス (赤ちゃんの超絶演技力!)

別れてヨナスのおしゃぶりをいじる姿、ゼインの深い悲しみが伝わる。

自分の生活さえままならないのに、ヨナスを無責任に放ったらかすこともせず…

可愛くて可哀想で感動で、あぁもう……

 

 

実家に戻ったゼイン。当然親たちからどこにいたんだと、どつかれる。

「会いに来たんじゃない、身分証を取りに来たんだ」

身分証なんか最初から無いのだ。「とっとと出てけ、生まれたことを呪うがいい。

お前を作った俺がバカだった」 !?

しかしゼインは家族の様子がおかしいことに気づき、両親を問い詰める。

なんとサハルが死んでしまっていたのだ…

「あのクソ野郎、サハルに何を!思い知らせてやる」

ゼインはナイフを手にすると、あとはあっという間だった。

 

 

(eiga.comより)

 

 

ゼインは警察に捕まった。そして今日の裁判というわけだ。

アサードも証人として出廷、車椅子に乗っているが怪我はそれほどでもなさそう。

聞けばサハルは11歳だという。「11歳は結婚に適した年齢だと思うかね?」

サハルは結婚後すぐ妊娠し、大量に出血し病院に運ばれたが

身分証がなく診てもらえなかったという!なんと惨い話だ…

生理さえ来れば結婚できると、未だにこんなことがまかり通るのにも驚くが

緊急の医療すら受けられないとは、言語に絶する。

法律があったとしても、モラルは無い。人の命が軽すぎる社会。

 

 

少し前。留置場でゼインを見つけたラヒルは叫ぶ。「ヨナスはどこ?」

ラヒルは息子が里子に出されたことを理解するしかなかった。

ゼインに差し入れを持って、母親が面会に来た。

「なぜそんなに私を憎むの。神は何かを奪っても贈り物をくださったわ」

また妊娠したという!生まれる子にサハルと名付けると話す母親に

「心にナイフが刺さった。顔も見たくない、心がないのか」

差し入れをゴミ箱にぶち込む。彼の表情は絶望だけだった。

そして、生放送のテレビ番組で、少年刑務所からゼインは電話し、注目を浴びる。

 

 

(imdb.comより)

 

 

「両親を訴えたい。僕は地獄で生きてる。立派な人になりたかった。

世話できないなら産むな。子どもを作るな」 

これには両親始め、大人たちは恥じ入ることしかできなかった。

それから何人も子どもを隠していたアスプロは捕まり

倉庫で泣いていたヨナスは、母親ラヒルの元へ返された。よかった!

この子が幸せにならなきゃ、私はこの映画を訴えてたくらい。

刑務所でゼインは写真を撮られる。「笑って」 しかし笑顔はない。

「身分証だぞ、死亡証明書じゃない」 するとゼインはニッコリ微笑む。

ゼインもまぶしいほど可愛い、普通の男の子だったのだ。

 

 

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【感想、感動】

子ども受難映画?そんなジャンルができそうなほど、近年多くなっています。

「キャリー」 「プレシャス」 「誰も知らない」 「マザー」

以前にレビューした 「愛を乞うひと」 など、毒親が登場するのがほとんどです。

そもそも親が子育てを放棄したかこだわりすぎたか

極端に偏ったがためということが発端になっている。

自分が生み出した・自分に似ている・まだ未熟な存在が

自分とは別個のものとして、尊重することができなくなる。

貧困社会だからでしょうか、子どもは消耗品だとでもいうのでしょうか?

 

 

(americamagazine.orgより)

 

 

たとえ親がマトモでも、戦争や貧しさや異常な社会情勢の中で

弱い存在の子どもの悲劇も少なくありません。今作はどちらの要因もあります。

「禁じられた遊び」 「少女ムシェット」 「パンズ・ラビリンス」 「縞模様のパジャマの少年」 あ、ちょっとキリがありませんね。特に 「だれのものでもないチェレ」

社会全体が子どもの存在をただ疎ましく扱い

未来に全く希望の光も射さない、衝撃的なものでした。

そんな子どもが大人になり、闇を抱えたまま癒やされることなく

同じような悲劇を起こす作品も多く、本当にキリがありません。

 

 

社会全体が余裕がないのか、心が冷え切っているのか、みな自分のことだけ。

他国のことで関係ないと、気にせずいられるでしょうか?

コロナ禍で見えてきた社会の歪み。未知の感染症への恐れから

感染者や医療従事者に対する差別、政治と利権問題など

移民問題など無関係そうなこの日本でも、外国人労働者問題があります。

子どもに限らず異なる存在、弱い存在を尊重できなくなる。

なぜならそんなことを言っていられない、非常事態だから。

人間性は、追いこまれた状況でこそわかること。

 

 

(irishtimes.comより)

 

 

しかし、この映画はどんな時でも、希望に変える可能性を描き出します。

それは私たち大人には無い、

子どもたちの中にこそあったのです。

原題 「Capernaum」 は、カオスと奇跡 を意味します。

凜として誇りを失わない、ゼインの姿こそが奇跡なのです。

この作品は悲惨な子どもたちの、見るに堪えないほどの境遇を

悲しみと怒りで埋め尽くすのではなく、達観した目線から捉え

そこに生まれるささやかな喜びや笑いを紡ぎながら

子どもたちの純粋な逞しさを支え、強いエールを送っています。

 

 

最後、ゼインの笑顔で終わったことで、救われた気がしました。

ゼイン、身分証があるんだよ。あなたは存在しているんだよ

生きてるんだよ!思わず心の中で大きく叫んだ。

貧困の中さらに最下層の、何もかも大人に及びようもない幼い子たちの

それでも精一杯の生きざまこれほど力強いメッセージがあるだろうか。

心からそう思えた、絶対見るべき一本に出会えた。

これからのゼインに未来あれ。

この世の中に忘れられた

たくさんの子どもたちに光あれ!

 

 

(cinemaforensic.comより)