みなさまこんばんは。
暖冬だなんだと言いますが寒いものは寒いですね。
この時期は肩こりからの頭痛に悩まされます。
そして疲れ目もあり右まぶたが痙攣している日々です。
という事で今日はもう寝ます。
みなさまこんばんは。
今マラソンや駅伝等で次々と新記録を更新していることで一躍話題になったヴェイパーフライ、いわゆるナイキの厚底シューズが規制されるかも、なんて話になっていますね。
似たような話として昔水泳ではレーザーレーサーという水着の話がありましたが、あの当時自分はなんて言ってたんだろうなどと思いつつ、今回のシューズについては規制に断固反対したいと思っています。
理由としては自分が今履いているのがナイキのズームペガサスだからです。
というと私情丸出しですがまぁ履きやすく走りやすい。
今までニューバランスのハンゾーをずっと履いていて、初のフルとなった横浜マラソン2018もハンゾーだったのですが、2019の水戸黄門漫遊マラソンの前に買ったハンゾーUが何故か爪先がきつく感じたんですよ。
ショップで足形も測り直してもらい、それまでと同じサイズを買ったにもかかわらず。
で、実はその靴を買った時、厚底靴も話題になっていて、ちょっと興味があったのと、ハンゾーの在庫が黒しかなく、ペガサスのビビットなピンクが魅力的に見え、練習用に合わせて買ったのです。
そして練習で使っているうちにかたやなんかきつい、かたや履きやすくクッション性も高いのに軽いという事で本番はペガサスを履いて走り、結果横浜より断然早く完走できました。もちろん二度目のフルなのと練習量の増加によるものですけどね。
そんなこんなでナイキのシューズは今お気に入りなのでこれからも履きたいし、ヴェイパーではないけどピンクのシューズ履いてたらそれっぽく見えちゃうから、規制されてる=ずるしてるみたいに思われてもいやだなと。
私情を抜きにした話も少し。
そもそも何を持って規制されるのかという話です。
ヴェイパーフライは4万円程で買えるシューズでレースに出るような本気のランナーなら手が出ないというような価格とは言えず誰もが手に入れる事ができるシューズです。つまり公平性は保たれているわけです。
構造の問題でいうとヴェイパーフライの特徴は厚底の中にカーボンプレートが入っていて、それが推進力を生み出すとされています。推進力=補助という観点で捉える場合の話ですが、そもそもシューズにカーボンプレートを使用するというのは短距離のスパイクで取り入れられている技術だそうです。つまりカーボンプレートがアウトであるなら同じ陸上競技である短距離においても、シューズを規制する必要があるのではないでしょうか。
しかし実際聞かれるのは厚底シューズの規制の話だけ。これは次々記録が出たことにより別のシューズメーカーとスポンサー契約をしている選手から不満の声があがり、慌てた陸連が規制ありきで話し合いを始めたようにも見えてしまいます。あるいは過去の記録との公平性を考えてしまったのでしょうか。
どちらにせよ、スポーツは道具だけでなくトレーニング方法や食事、環境、技術論等あらゆる面で進歩を続けているわけでそれによって新しい記録が生まれるのも当然の話です。
ナイキの厚底シューズという道具の進歩が新しい記録を生み出す一要因になったとしてもそれは自然な事ではないでしょうか。
もし規制するのであれば、より具体的な線引き、例えば野球のボールのように反発回数のようなものを設定して明確なルールを作らないと、新しい素材や技術が生まれた時、また規制の議論が生まれる事になるでしょう。
今マラソンや駅伝等で次々と新記録を更新していることで一躍話題になったヴェイパーフライ、いわゆるナイキの厚底シューズが規制されるかも、なんて話になっていますね。
似たような話として昔水泳ではレーザーレーサーという水着の話がありましたが、あの当時自分はなんて言ってたんだろうなどと思いつつ、今回のシューズについては規制に断固反対したいと思っています。
理由としては自分が今履いているのがナイキのズームペガサスだからです。
というと私情丸出しですがまぁ履きやすく走りやすい。
今までニューバランスのハンゾーをずっと履いていて、初のフルとなった横浜マラソン2018もハンゾーだったのですが、2019の水戸黄門漫遊マラソンの前に買ったハンゾーUが何故か爪先がきつく感じたんですよ。
ショップで足形も測り直してもらい、それまでと同じサイズを買ったにもかかわらず。
で、実はその靴を買った時、厚底靴も話題になっていて、ちょっと興味があったのと、ハンゾーの在庫が黒しかなく、ペガサスのビビットなピンクが魅力的に見え、練習用に合わせて買ったのです。
そして練習で使っているうちにかたやなんかきつい、かたや履きやすくクッション性も高いのに軽いという事で本番はペガサスを履いて走り、結果横浜より断然早く完走できました。もちろん二度目のフルなのと練習量の増加によるものですけどね。
そんなこんなでナイキのシューズは今お気に入りなのでこれからも履きたいし、ヴェイパーではないけどピンクのシューズ履いてたらそれっぽく見えちゃうから、規制されてる=ずるしてるみたいに思われてもいやだなと。
私情を抜きにした話も少し。
そもそも何を持って規制されるのかという話です。
ヴェイパーフライは4万円程で買えるシューズでレースに出るような本気のランナーなら手が出ないというような価格とは言えず誰もが手に入れる事ができるシューズです。つまり公平性は保たれているわけです。
構造の問題でいうとヴェイパーフライの特徴は厚底の中にカーボンプレートが入っていて、それが推進力を生み出すとされています。推進力=補助という観点で捉える場合の話ですが、そもそもシューズにカーボンプレートを使用するというのは短距離のスパイクで取り入れられている技術だそうです。つまりカーボンプレートがアウトであるなら同じ陸上競技である短距離においても、シューズを規制する必要があるのではないでしょうか。
しかし実際聞かれるのは厚底シューズの規制の話だけ。これは次々記録が出たことにより別のシューズメーカーとスポンサー契約をしている選手から不満の声があがり、慌てた陸連が規制ありきで話し合いを始めたようにも見えてしまいます。あるいは過去の記録との公平性を考えてしまったのでしょうか。
どちらにせよ、スポーツは道具だけでなくトレーニング方法や食事、環境、技術論等あらゆる面で進歩を続けているわけでそれによって新しい記録が生まれるのも当然の話です。
ナイキの厚底シューズという道具の進歩が新しい記録を生み出す一要因になったとしてもそれは自然な事ではないでしょうか。
もし規制するのであれば、より具体的な線引き、例えば野球のボールのように反発回数のようなものを設定して明確なルールを作らないと、新しい素材や技術が生まれた時、また規制の議論が生まれる事になるでしょう。
みなさまこんばんは。
先程までサッカーを見ていましたが、試合を見続けた事がバカバカしくなるような展開で時間を無駄にしました。
というのも明らかな誤審が続き、とても公正な試合とは思えないような内容だったからです。
中東の笛とか、別の競技でも地元贔屓の判定とか、ある事はもう諦めてますが、ああも露骨にやられて勝敗を左右するどころかコントロールされると、これってスポーツなの?って思ってしまいます。
前の試合もテレビで観ましたが、正直連携もろくに取れてないし攻撃のスピードも遅く、枚数が揃った守りに対し多少強引にでも突破しようという仕掛けもあまりなく、不用意なバックパスも多いと散々なチームに感じました。
サッカーあんまり知らないですけど。
予選敗退という結果に選手も落ち込んでいたようだし、監督解任論も囁かれる中、今日の試合を何とか勝ってやろうという気持ちを持っていた選手もいたんじゃないかと思いますが、そういうものを踏みにじるふざけた判定で見ていてとても不快になりました。
VARがあり、それを見て判定をしている以上、第三者が客観的に判定を審議する事も可能かと思います。
是非きちんとサッカー協会からFIFA辺りにきちんと抗議して、今日の審判団の資質を審議して欲しい。
ああいった判定は競技の衰退につながりかねないと思うし、VARでより公正なジャッジをしていこうというのであれば、いい加減あのような判定を無くしていかなければならないのではないか。
先程までサッカーを見ていましたが、試合を見続けた事がバカバカしくなるような展開で時間を無駄にしました。
というのも明らかな誤審が続き、とても公正な試合とは思えないような内容だったからです。
中東の笛とか、別の競技でも地元贔屓の判定とか、ある事はもう諦めてますが、ああも露骨にやられて勝敗を左右するどころかコントロールされると、これってスポーツなの?って思ってしまいます。
前の試合もテレビで観ましたが、正直連携もろくに取れてないし攻撃のスピードも遅く、枚数が揃った守りに対し多少強引にでも突破しようという仕掛けもあまりなく、不用意なバックパスも多いと散々なチームに感じました。
サッカーあんまり知らないですけど。
予選敗退という結果に選手も落ち込んでいたようだし、監督解任論も囁かれる中、今日の試合を何とか勝ってやろうという気持ちを持っていた選手もいたんじゃないかと思いますが、そういうものを踏みにじるふざけた判定で見ていてとても不快になりました。
VARがあり、それを見て判定をしている以上、第三者が客観的に判定を審議する事も可能かと思います。
是非きちんとサッカー協会からFIFA辺りにきちんと抗議して、今日の審判団の資質を審議して欲しい。
ああいった判定は競技の衰退につながりかねないと思うし、VARでより公正なジャッジをしていこうというのであれば、いい加減あのような判定を無くしていかなければならないのではないか。