12月2日
義父がこの世を去りました


ついこの間まで元気でいたのに
11月に入り急激に弱っていき
連休最終日に入院をして
たった10日で旅立ちました


今年に入ってから
何度か入院していたのですが

1週間程入院して元気に退院する
を繰り返していたので
今回もそんな感じだと思っていました

1週間ほどで帰宅するものだと…

退院したその足で、娘の義妹と、鰻か
廻らないお寿司のゴージャスランチを食べて
ご満悦でご帰宅

それがお約束のコースでした


しかし今回は
もう退院はできないかもしれない
もしかすると年を越せないかもしれない
と聞いた時には にわかには信じ難く

そうは言っても
また帰って来られるかもしれない…よね
そう思ったりもしました
そう思いたかった


それでも義父の最後の時が近付いてきていると感じて、今迄の事を色々と考えてしまいました

せめてあの時ああすれば良かった
こうしたかった
どうして優しくできなかったんだろう
どうして
どうして
後悔ばかりが先に立ち
考えれば考える程涙が止まりませんでした


このコロナ禍のせいで
お見舞いも付き添いさえも禁止されて
あの かまってちゃんの義父が一人ぼっちでいると思うと哀れでもありました


数日後旦那さんと義妹だけ
面会を許可されましたが
そんな特別待遇が
逆に義父の命の短さを物語っているようで
かえって悲しくなりました


有り難くも毎朝主治医から電話を頂いたり
面会後の旦那さんからも
義父の様子を聞く事ができ
今すぐという事はないという言葉に安堵しながら日々を過ごしていましたが

心中穏やかではなく

ブログをお休みしよう

そう決心した翌日に
あっけなく逝ってしまいました😭





糖尿病と宣告されて18年ちょっと
食生活を改める事なく
腎臓を悪くして透析を断固拒否し続けて3年
好きな事をしてボケる事なく
ある意味ポックリと死んでいきました

腎不全でした





タイミングを逃してまだ投稿できていない
義父ブログがあります

それは愚痴や不満だらけで
ただの悪口ブログでしかなかったものを
ある日ブロ友さんが義父を「友蔵」と命名してくれた事をきっかけに、少し義父に対する目線が変わりました

友蔵の名付け親さんありがとう



そして違う目線でブログを綴っていたら
なんと義父のファンまで現れました

友蔵のファンの皆様ありがとう



それでも やっぱり腹の立つ事が多くて

今思えば義父に対して何であんなに刺々しかったのだろうかと反省する事も多くて

そんな自分をディスりつつ
友蔵の思い出話なども綴っていけたらなぁ
と思います



今年の夏には
この家のお墓に入るのはまっぴらごめん!
義父と一緒の墓なんてあり得ない!!
と思っていた私ですが
しょうがねぇ
あの世でまた喧嘩してやるぜえーん