Agatha Christieの世界--由緒ある地名をめぐって(1)ーー
アガサはアメリカ人の父とイギリス人の母をもつ。
母方の祖母は27才のとき最愛の夫を事故で失い、未亡人になった。男の子3人は自分で育てることとし、まだ幼かった娘のクララ(アガサの母)を手放した。お金持ちのアメリカ人の後妻になった姉が養女として引き取ったのである。少女はチャネルアイランド(イギリスよりフランスに近い群島)のJersey市を泣くなく後にし、マンチェスター近郊に住む叔母の家に移り住んだのだ。
話がややこしくなるのは、この家族に先妻との息子フレッドが存在していたためである。新しい家になじめず深刻なホームシックだった少女はやがて年老いた父を訪問にくるこの青年をひそかに慕うようになる。実の母に死なれたフレッドはアメリカ人の父の実家に預けられ祖父母にかわいがられてフロリダ州で成人したのだったが、長じて父の仕事に関わるようになり、イギリスとニューヨークを頻繁に行き来していた。後にチャーチル夫人となる社交界の花形とも知り合いだったという.子供だと思っていたクララと結婚するとは思っていなかっただろう。
時を経てFred MillerとClara Boehmerは結ばれた、アガサの両親になる運命のはじまりである。
さて新婚の二人の新居はアメリカになる話もあったのだが、ひょうたんからコマのような流れで、クララが
Ashfieldと呼ばれるお屋敷を衝動買い?し一家の生活が始まる。場所は南イングランドの海浜都市Torquayである。
Auntie- Grannieの夫は亡くなる少し前にイギリスの古都、 Chester市(England西部、Walesとの国境にある町です)に家を買っていた。Auntie-Grannieは裕福な未亡人としてしばらくここに留まったのだが、やはりロンドンに魅力があったのかロンドン近郊のEaling にふたたび大きな庭付きの屋敷を買い引っ越した。ちなみに現代のEaling Northは日本人の駐在員たちが好んで住まう高級住宅地だそうです。その頃妹のGrannieBはロンドン市内Baywater地区(パティントン駅があるあたりです)に住んでいた。姉妹は互いの違いを認め合ったり、嫉妬し合ったりだったが、GrannieBが電車を乗り継いでEalingを訪ね、TorquayからはるばるEalingをよく訪ねていたクララ一家と大人数で休日を一緒に過ごす事が多かった。4人の子供を抱えて、若い未亡人となった妹とひとりも子を産まない人生を送った姉と、ふたりとも
アガサのおばあちゃんだった。このほかフロリダには曾祖父母が健在だったし、GrannieBの長男、アガサのおじさんは
大英帝国の軍人としてインドに赴任していた。近くの地名ではBrighton がアガサの姉、マッジの寮学校のあるところだし、お兄ちゃんのMontyはロンドン の全寮制学校、Harrowの生徒だった。育ち盛りのアガサは知らず知らずかくも多くの地名、広い地理的世界を知っていったのだろう。
ちなみに夏目漱石はアガサが13才の時(1903年)に留学を終えて帰国しているので、アガサには出会わなくともロンドンの街角でGrannie Bやおじさんたちとすれ違ったかもしれない。漱石はビクトリア女王の葬列を見た事を書いており、アガサもこれを自伝に書いているので次回はこのことを記そう.
本稿のもうひとりのヒロイン、杉田久女の地理的世界もアガサに負けてはいない.それも次回に記そう。
母方の祖母は27才のとき最愛の夫を事故で失い、未亡人になった。男の子3人は自分で育てることとし、まだ幼かった娘のクララ(アガサの母)を手放した。お金持ちのアメリカ人の後妻になった姉が養女として引き取ったのである。少女はチャネルアイランド(イギリスよりフランスに近い群島)のJersey市を泣くなく後にし、マンチェスター近郊に住む叔母の家に移り住んだのだ。
話がややこしくなるのは、この家族に先妻との息子フレッドが存在していたためである。新しい家になじめず深刻なホームシックだった少女はやがて年老いた父を訪問にくるこの青年をひそかに慕うようになる。実の母に死なれたフレッドはアメリカ人の父の実家に預けられ祖父母にかわいがられてフロリダ州で成人したのだったが、長じて父の仕事に関わるようになり、イギリスとニューヨークを頻繁に行き来していた。後にチャーチル夫人となる社交界の花形とも知り合いだったという.子供だと思っていたクララと結婚するとは思っていなかっただろう。
時を経てFred MillerとClara Boehmerは結ばれた、アガサの両親になる運命のはじまりである。
さて新婚の二人の新居はアメリカになる話もあったのだが、ひょうたんからコマのような流れで、クララが
Ashfieldと呼ばれるお屋敷を衝動買い?し一家の生活が始まる。場所は南イングランドの海浜都市Torquayである。
Auntie- Grannieの夫は亡くなる少し前にイギリスの古都、 Chester市(England西部、Walesとの国境にある町です)に家を買っていた。Auntie-Grannieは裕福な未亡人としてしばらくここに留まったのだが、やはりロンドンに魅力があったのかロンドン近郊のEaling にふたたび大きな庭付きの屋敷を買い引っ越した。ちなみに現代のEaling Northは日本人の駐在員たちが好んで住まう高級住宅地だそうです。その頃妹のGrannieBはロンドン市内Baywater地区(パティントン駅があるあたりです)に住んでいた。姉妹は互いの違いを認め合ったり、嫉妬し合ったりだったが、GrannieBが電車を乗り継いでEalingを訪ね、TorquayからはるばるEalingをよく訪ねていたクララ一家と大人数で休日を一緒に過ごす事が多かった。4人の子供を抱えて、若い未亡人となった妹とひとりも子を産まない人生を送った姉と、ふたりとも
アガサのおばあちゃんだった。このほかフロリダには曾祖父母が健在だったし、GrannieBの長男、アガサのおじさんは
大英帝国の軍人としてインドに赴任していた。近くの地名ではBrighton がアガサの姉、マッジの寮学校のあるところだし、お兄ちゃんのMontyはロンドン の全寮制学校、Harrowの生徒だった。育ち盛りのアガサは知らず知らずかくも多くの地名、広い地理的世界を知っていったのだろう。
ちなみに夏目漱石はアガサが13才の時(1903年)に留学を終えて帰国しているので、アガサには出会わなくともロンドンの街角でGrannie Bやおじさんたちとすれ違ったかもしれない。漱石はビクトリア女王の葬列を見た事を書いており、アガサもこれを自伝に書いているので次回はこのことを記そう.
本稿のもうひとりのヒロイン、杉田久女の地理的世界もアガサに負けてはいない.それも次回に記そう。
Agatha Christieーー自伝よりーー1890--
アガサ・クリスティは1890年に生まれた。数多くの優れた俳句を残した杉田久女も同年生まれである。
西暦を元号に直すと、明治23年が二人の生年だが、没年は大きく異なる。久女は日本が大戦に負けて
最初の冬にひとり福岡県立筑紫保養院で亡くなる。55歳だった。アガサは数多くのベストセラーを書き続け、
1976年(昭和51年)に名誉あるDame of the British Empireとして87歳の一生を閉じる。
才能にめぐまれたふたりの生涯を比べる事は、日本の社会と英国の社会を比べる事になると考え、
この仕事をはじめる。
第一歩はアガサの自伝を読む事である。彼女の英語ほど世界の多くの人に読まれた英語はないといってよいだろう。
第一章
アガサは両親のなれそめから筆を起こす。世にめずらしい互いに一生愛し合ってすごした夫婦であった
こと、その子として生まれた幸せを語っている.久女も愛に満ちた素晴らしい家庭について、幸せな子供時代について句を書き、エッセーに記している。それでは具体的にアガサの英語を学ぼう。
表現集
*get up
He also occasionally got up amateur theatricals. 父はしろうと芝居を組織する事もよくあった。
*関係詞 that
All the time that he was a gay young man flitting between NY and the South of France, my mother sat at home.
父がニューヨークと南フランスを行き来する陽気な青年だった間ずっと母はおとなしく家に居た。
*be at variance with ~と食い違う
As I realised later, my mother's ideas were slightly at variance with reality.
後年気づいた事だが、母の考えは現実とはどこか微妙に食い違っていたと思う。
*misgivings 未来についての疑い、畏れ
ーーmy mother overcame her misgivings and dubiously agreed to marry him, though full of misgivings
that my father would be disappointed in her.
母は不安を振り払い、あいまいに父と結婚することに同意したのだが、いずれ自分は彼をがっかりさせてしまう
にちがいないという畏れで胸はいっぱいだった。
*My father was not to be gainsaid.
父はひきさがるわけにはいかなかった。
*condole with 人 on 事柄
She condoled with Mrs. Brown for having to leave.
母は家を手放し出てゆかなければならないミセスブラウンに同情し言葉をかけた。
(*註;ミセスブラウンから購入したのはAshfieldと呼ばれる屋敷でアガサの家となる)
*Monty, have you been raising money on your grandfather's will?
モンティ、あなたはおじいさまの遺書にあるあなたのお金の額を増やそうとしていませんか?」
(*註:借金を隠していた息子の悩みを千里眼の母が見破ったところ)
clairvoyant (千里眼の)
dumpy, drab, divulge (ずんぐり、鳶色の/つまらない、暴露する)
*interminable argument
--my memory fades, except for the fragmentary reminiscense of an interminable argument sustained by my brother as to how many eclairs he shall be allowed to eat.
(そこで私の最初の記憶はうすらいでゆく、ただ弟がーエクレアをいくつたべていいのーといつ果てるともない
ダダをこねていた断片的な思い出は残っている)
Agatha's insight (この章でアガサが強調している事、洞察のことば)
I long to cry, "Don't let the child go. Her own home, own people, love, security of belonging, what
does the best education in the world mean against them?"
(投書している親にいつも心で叫んでいた:『子供を養女にだしてはだめよ。自分の家、自分の家族,愛、
いつも一緒、ココが居場所だという安心感、これらにくらべて、世界一の教育に何の意味があるでしょう』
Agatha's image (この章で印象的なイメージ描写ー俳句になりそうなもの)
Through her own brain thoughts dart with the swiftness of swallows in flight.
(父とは違って)母の頭ときたら色々な考えが飛翔中のツバメの素早さで行き交っていた。
西暦を元号に直すと、明治23年が二人の生年だが、没年は大きく異なる。久女は日本が大戦に負けて
最初の冬にひとり福岡県立筑紫保養院で亡くなる。55歳だった。アガサは数多くのベストセラーを書き続け、
1976年(昭和51年)に名誉あるDame of the British Empireとして87歳の一生を閉じる。
才能にめぐまれたふたりの生涯を比べる事は、日本の社会と英国の社会を比べる事になると考え、
この仕事をはじめる。
第一歩はアガサの自伝を読む事である。彼女の英語ほど世界の多くの人に読まれた英語はないといってよいだろう。
第一章
アガサは両親のなれそめから筆を起こす。世にめずらしい互いに一生愛し合ってすごした夫婦であった
こと、その子として生まれた幸せを語っている.久女も愛に満ちた素晴らしい家庭について、幸せな子供時代について句を書き、エッセーに記している。それでは具体的にアガサの英語を学ぼう。
表現集
*get up
He also occasionally got up amateur theatricals. 父はしろうと芝居を組織する事もよくあった。
*関係詞 that
All the time that he was a gay young man flitting between NY and the South of France, my mother sat at home.
父がニューヨークと南フランスを行き来する陽気な青年だった間ずっと母はおとなしく家に居た。
*be at variance with ~と食い違う
As I realised later, my mother's ideas were slightly at variance with reality.
後年気づいた事だが、母の考えは現実とはどこか微妙に食い違っていたと思う。
*misgivings 未来についての疑い、畏れ
ーーmy mother overcame her misgivings and dubiously agreed to marry him, though full of misgivings
that my father would be disappointed in her.
母は不安を振り払い、あいまいに父と結婚することに同意したのだが、いずれ自分は彼をがっかりさせてしまう
にちがいないという畏れで胸はいっぱいだった。
*My father was not to be gainsaid.
父はひきさがるわけにはいかなかった。
*condole with 人 on 事柄
She condoled with Mrs. Brown for having to leave.
母は家を手放し出てゆかなければならないミセスブラウンに同情し言葉をかけた。
(*註;ミセスブラウンから購入したのはAshfieldと呼ばれる屋敷でアガサの家となる)
*Monty, have you been raising money on your grandfather's will?
モンティ、あなたはおじいさまの遺書にあるあなたのお金の額を増やそうとしていませんか?」
(*註:借金を隠していた息子の悩みを千里眼の母が見破ったところ)
clairvoyant (千里眼の)
dumpy, drab, divulge (ずんぐり、鳶色の/つまらない、暴露する)
*interminable argument
--my memory fades, except for the fragmentary reminiscense of an interminable argument sustained by my brother as to how many eclairs he shall be allowed to eat.
(そこで私の最初の記憶はうすらいでゆく、ただ弟がーエクレアをいくつたべていいのーといつ果てるともない
ダダをこねていた断片的な思い出は残っている)
Agatha's insight (この章でアガサが強調している事、洞察のことば)
I long to cry, "Don't let the child go. Her own home, own people, love, security of belonging, what
does the best education in the world mean against them?"
(投書している親にいつも心で叫んでいた:『子供を養女にだしてはだめよ。自分の家、自分の家族,愛、
いつも一緒、ココが居場所だという安心感、これらにくらべて、世界一の教育に何の意味があるでしょう』
Agatha's image (この章で印象的なイメージ描写ー俳句になりそうなもの)
Through her own brain thoughts dart with the swiftness of swallows in flight.
(父とは違って)母の頭ときたら色々な考えが飛翔中のツバメの素早さで行き交っていた。
