旅好きな自分ですが、2000年くらいまでは国内旅ばかりしていました。
子供の頃は、家族みんなで毎年海水浴に行ったり、
父親と山登りに行ったりしていましたが、
一人で旅をしたのは小学校4年生の頃。
近所に有名な画家さんが住んでいて、その方のお誘いを受け、
彼が管理する北海道の牧場に飛行機に乗って一人で行きました。
それ以来、一人で遠くに行くことに憧れが出来たのかな?
学生時代はよく国内旅行に行っていました。
いろいろな場所に行きましたが、特にお気に入りだったのが、
石川県金沢市でした。以来、20回くらい行ったかな。
特に香林坊にある金沢東急ホテルは定宿として、
家内にプロポーズしたとき、結婚後の新婚旅行的なときも、
こちらのホテルでした。
何回目かの旅行のとき、従業員の皆さんにとても良く対応していただき、
室内にあったアンケートにお礼の気持ちを綴ったところ、
支配人からお返事をいただき、嬉しくなった思い出があります。
最近は行けていないのですが、また是非お伺いしたい気持ちです。
大学受験では、私立は学費が高いため国公立大学を目指していて、
結果的に地方大学を志望することになり、色々な場所に行きました。
印象に残っているのは、1990年近く、香川のとある大学を受験したとき。
その頃愛読していた本に、「知らない土地に行ったらタクシーに乗り、
運転手さんをお昼にお誘いしよう」というくだりがありました。
面白そうだと思い、学生ながら実践してみたところ、
その運転手さんは喜んで一軒のうどん屋さんに案内してくださいました。
そのお店は、自分でうどん玉を好きな玉数茹でて、好きな天ぷらをのせ、
だし汁を注ぐというスタイル。
食べたことのないような美味しさの本場のうどんに、舌鼓を打ちました。
そして社会に出て、新橋のとある出版社に勤めるようになったのですが、
そこの社員旅行は会社の前に観光バスがじゃんじゃん来てピストン輸送され、
志賀高原のバンガロー村を借り切っての大掛かりなものでした。
上も下もなく飯を食べて酒を飲み、キャンプファイヤーで火渡り体験をしたり、
朝までマージャンを打ってみたりと、大人の本気の遊びを堪能しました。
その後、仕事が忙しくなり旅にはなかなか行けなくなりましたが、
転機が訪れたのは2000年を過ぎた頃。
その頃努めていた会社の出張で本社がある岡山に頻繁に行っていたのですが、
岡山もまた楽しいところで、現地にいくつも通うようなお店が出来ました。
特に気に入ったのは、岡山駅ほど近いバーのトロワ。
フランス語で「3」を意味するこのバーでは、
マスターに様々なお酒について教えていただきました。
中でも面白かったのは、ビールをグラスに3つ注いでいただき、
どれが一番美味しいかを利き酒するというもの。
張り切って飲んでみたところ、正直どれも同じような味で、
違いが分からないと言ったところ、それが「正解!」。
実は、中身は同じ銘柄の瓶ビール、缶ビール、生ビールだったのです!
もちろん、私達が雑に注ぐのと違い、
どれもプロのバーテンダーの技術で注いだビール。
「実は、ナマも缶も瓶も、中身は全く一緒なんですよ」というマスターの言葉に、
驚きと感動を受けました。
そして、その会社で初の海外出張を体験しました。
行き先はスイス。一部フランスにも足を踏み入れました。
食べ慣れないヨーロッパの食に胃をやられてしまう体たらくでしたが、
アルプス山脈探訪やお城見学、教会巡りなど 、
思い返せば非常に贅沢な旅でした。
その旅を皮切りとして、以降は海外出張が非常に増えていきました。
特に往訪したのは、台湾と韓国。
どちらも仕事を通じて現地に大切な友人ができました。
また、台湾は家族全員を3度ほど連れていき、家族みんな台湾好きに。
コロナが明けたら、また是非お伺いしたいところです。
また、北米やインド、ドイツにも出張することになり、
特にインドはまた是非行きたいと強く思っています。
しかも、家族連れでなく、一人で。
ドイツ出張はベルリンでしたが、静かなヨーロッパの雰囲気が
とても大人びていて、落ち着く場所でした。
こちらも取引先の社長はじめ、多くの友人ができました。
───振り返ってみると、これまで私は周囲に恵まれ、
色々な場所に行かせていただきました。
コロナ禍の現在は隣県に移動することすら厳しい状況ですが、
明けない夜はありません。
またいつか、友人たちに会いに、
そしてまだ見知らぬ友人に出会いに、旅に出たいと思います。



