「スーホの白い馬」
スーホは、年とったおばあさんとふたりきりで、くらしていました。スーホは、おとなにまけないくらい、よくはたらきました。毎朝、早くおきると、スーホは、おばあさんをたすけて、ごはんのしたくをします。それから、二十頭あまりのひつじをおって、広い広い草原に出て行きました。
スーホは、とても歌がうまく、ほかのひつじかいたちにたのまれて、よく歌を歌いました。スーホのうつくしい歌は、草原をこえ、遠くまでひびいていくのでした。
ある日のことでした。日は、もう遠い山のむこうにしずみ、あたりは、ぐんぐんくらくなってくるのに、スーホが帰ってきません。
おばあさんは、心配になってきました。近くにすむひつじかいたちも、どうしたのだろうと、さわぎはじめました。
みくなが心配でたまらなくなったころ、スーホが、何か白いものをだきかかえて、帰ってきました。
みんながそばにかけよってみると、それは、生まれたばかりの、小さな白い馬でした。
スーホは、にこにこしながら、みんなにわけを話しました。
「帰るとちゅうで、子馬を見つけたんだ。これが、地面にたおれて、もがいていたんだよ。あたりを見ても、もちぬしらしい人もいないし、おかあさん馬も見えない。ほうっておいたら、夜になって、おおかみにくわれてしまうかもしれない。それで、つれてきたんだよ。」
日は一日一日とすぎていきました。スーホが、心をこめてせわしたおかげで、子馬は、すくすくとそだちました。体は雪のように白く、きりっと引きしまって、だれでも、思わず見とれるほどでした。
あるばんのこと、ねむっていたスーホは、はっと目をさましました。けたたましい馬の鳴き声と、ひつじのさわぎが聞こえます。スーホは、はねおきると外にとび出し、ひつじのかこいのそばにかけつけました。見ると、大きなおおかみが、ひつじにとびかかろうとしています。そして、わかい白馬が、おおかみの前に立ちふさがって、ひっしにふせいでいました。
スーホは、おおかみをおいはらって、白馬のそばにかけよりました。白馬は、体じゅうあせびっしょりでした。きっと、ずいぶん長い間、おおかみとたたかっていたのでしょう。
スーホは、あせまみれになった白馬の体をなでながら、兄弟に言うように話しかけました。
「よくやってくれたね、白馬。本当にありがとう。これから先、どんなときでも、ぼくはおまえといっとしょだよ。」
月日はとぶようにすぎていきました。
あの年の春、草原いったいに、知らせがつたわってきました。このあたりをおさめているとのさまが、町けい馬の大会をひらくというのです。そして、一等になったものは、とのさまのむすめとけっこんさせるというのでした。
この知らせを聞くと、なかまのひつじかいたちは、スーホにすすめました。
「ぜひ、白馬にのって、けい馬に出てごらん。」
そこで、スーホは、白馬にまたがり、広々とした草原をこえて、けい馬のひらかれる町へとむかいました。
けい馬がはじまりました。たくましいわかものたちは、いっせいにかわのふちをふりました。馬は、とぶようにかけます。でも、先頭を走っていくのは、白馬です。スーホののった白馬です。
「白い馬が一等だぞ。白い馬ののり手をつれてまいれ。」
とのさまはさけびました。
ところが、つれてこられた少年を見ると、まずしいみなりのひつじかいではありませんか。そこで、とのさまは、むすめのむこにするというやくそくなどは、知らんふりをして言いました。
「おまえには、ぎんかを三枚くれてやる。その白い馬をここにおいて、さっさと帰れ。」
スーホは、かっとなって、むちゅうで言いかえしました。
「わたしは、けい馬に来たのです。馬を売りに来たのではありません。
「なんだと、ただのひつじかいが、このわしにさからうのか。ものども、こいつをうちのめせ。」
とのさまがどなりたてると、家来たちが、いっせいに、スーホにとびかかりました。スーホは、大ぜいになぐられ、けとばされて、気をうしなってしまいました。
とのさまは、白馬をとり上げると、家来たちを引きつれて、大いばりで帰っていきました。
スーホは、友だちにたすけられて、やっとうちまで帰りました。
スーホの体は、きずやあざだらけでした。おばあさんが、つきっきりで手当てをしてくれました。おかげで、何日かたつと、きずもやっとなおってきました。それでも、白馬をとられたかなしみは、どうしてもきえません。白馬はどうしているのだろうと、スーホは、そればかり考えていました。白馬は、どうなったのでしょう。
すばらしい馬を手に入れたとのさまは、まったくいい気もちでした。もう、白馬をみんなに見せびらかしたくてたまりません。
そこで、ある日のこと、とのさまは、おきゃくをたくさんよんで、さかもりをしました。そのさいちゅうに、とのさまは、白馬にのって、みんなに見せてやることにしました。
家来たちが、白馬を引いてきました。とのさまは、白馬にまたがりました。
そのときです。白馬は、おそろしいいきおいではね上がりました。とのさまは、地面にころげおちました。白馬は、とのさまの手からたづなをふりはなすと、さわぎたてるみんなの間をぬけて、風のようにかけだしました。
とのさまは、おき上がろうともがきながら、大声でどなりちらしました。
早く、あいつをつかまえろ。つかまらないのなら、弓でいころしてしまえ。」
家来たちは、いっせいにおいかけました。けれども、白馬にはとてもおいつけません。家来たちは、弓を引きしぼり、いっせいに矢をはなちました。矢は、うなりを立ててとびました。白馬のせには、つぎつぎに、矢がささりました。それでも、白馬は走りつづけました。
そのばんのことです。スーホがねようとしていたとき、ふいに、外の方で音がしました。
「だれだ。」
ときいてもへんじはなく、カタカタ、カタカタと、もの音がつづいています。ようすを見に出ていったおばあさんが、さけび声を上げました。
「白馬だよ。うちの白馬だよ。」
スーホははねおきて、かけていきました。見ると、本当に、白馬はそこにいました。けれど、その体には、矢が何本もつきささり、あせが、たきのようにながれおちています。白馬は、ひどいきずをうけながら、走って、走って、走りつづけて、大すきなスーホのところへ帰ってきたのです。
スーホは、はを食いしばりながら、白馬にささっている矢をぬきました。きず口からは、血がふき出しました。
白馬、ぼくの白馬、しなないでおくれ。」
でも、白馬は、弱りはてていました。いきは、だんだん細くなり、目の光もきえていきました。
そして、つぎの日、白馬は、しんでしまいました。
かなしさとくやしさで、スーホは、いくばんもねむれませんでした。でも、やっとあるばん、とろとろとねむりこんだとき、スーホは、白馬の夢をみました。スーホがなでてやると、白馬は、体をすりよせました。そして、やさしくスーホに話かけました。
「そんなにかなしまないでください。それより、わたしのほねやかわや、すじや毛をつかって、楽器を作ってください。そうすれば、わたしは、いつまでもあなたのそばにいられますから。」
スーホは、ゆめからさめると、すぐ、その楽器を作りはじめました。ゆめで、白馬が教えてくれたとおりに、ほねやかわや、すじや毛を、むちゅうで組み立てていきました。
楽器はでき上がりました。これが馬頭琴です。
スーホは、どこへ行くときも、この馬頭琴をもっていきました。それをひくたびに、スーホは、白馬をころされたくやしさや、白馬にのって草原をかけ回った楽しさを思い出しました。そして、スーホは、自分のすぐわきに白馬がいるような気がしました。そんなとき、楽器の音は、ますますうつくしくひびき、聞く人の心をゆりうごかすのでした。
やがて、スーホの作り出した馬頭琴は、広いモンゴルの草原じゅうに広まりました。そして、ひつじかいたちは、夕方になると、よりあつまって、そのうつくしい音に耳をすまし、一日のつかれをわすれるのでした。