日曜日の朝。
キッチンに広がる香ばしい匂い。
オーブンを開ければ、
こんがり焼けたカンパーニュが出来上がっていた。
陶子は休日、時々パンを焼く。
ゆっくり朝食を摂れる時、コーヒーの香りや焼きたてのパンの香りを楽しむのが大好きなのだ。
昨日、土曜日の事。
亡き夫、宏明(ひろあき)の弟が自宅に訪れた。
宏明の弟、直純(なおずみ)は出版社で働いている。勤務先は東京だが、地方に住む作家の方々へ挨拶周りや取材。執筆されている原稿のスケジュール管理を担っていた。
東京郊外にある陶子の自宅には
月1、2回程会いに来てくれている。
直純はまだ仕事が残っているらしく、玄関に入ると右手に持っていた袋を差し出した。
「出先で強引に渡されちゃって…。俺、果物アレルギーで食べれないし…。」
袋の中から香る甘い匂い。
あんずがびっしりと入っていた。
「お兄ちゃん、こんにちは!」
来訪者に気づいて、息子の宏人(ひろと)も部屋から顔を出してきた。
抱きつかれた直純は宏人の頭を撫でる。まるで歳の離れた兄弟だ。背が高く、そのスマートな体格には背広が似合っていた。兄の宏明と違い健康で、週末になると友人達と大好きなバスケを楽しんだりしていた。
『あんずはね、今が旬なんだよ。お店でも並んでない時あるし。ありがとね』
陶子は笑顔で直純に言った。
いつものように、自宅にストックしてある缶コーヒーを渡して。
『今度、時間ある時に一緒にご飯でも行こうね』
陶子は宏人を後ろから抱きしめると、直純からそっと離した。
宏人は直純と遊びたかったようで残念そうだ。
直純は右手に掴んでいる缶コーヒーを振り
『またねっ』と頷くのだった。
昨日、土曜日の話だ。
生のあんずを召し上がれるのは
6月下旬から7月上旬と短い。
陶子は昨日のうちにあんずを砂糖で煮込み
ジャムにしていた。
冷蔵庫から瓶詰めにしたあんずジャムをとり、
焼きたてのカンパーニュを丁度良い厚さにパン切り包丁でカットした。
「おかあさん、おはよう」
パジャマ姿の宏人が目を擦りながら起きてきた。
「おはよう、牛乳飲むかな?」
陶子の問い掛けに、宏人はコクりと頷いた。
朝食をダイニングテーブルにのせ、
いつもの様に陶子と宏人は向き合うように座った。
陶子はカットしたカンパーニュの上に
少し柔らかくしたクリームチーズをのせ、
あんずジャムを塗った。
宏人はあんずジャムだけをたっぷりカンパーニュの上にのせて、大きく口を開けて豪快に食べる。
「甘くておいしいねっ」
宏人が笑顔で陶子に言う。
陶子も口へ運ぶと
あんずの甘い香りと味わい、
クリームチーズの甘い風味と
フレッシュさに舌鼓した。
「うん、美味しいねっ」
陶子も笑顔で言った。
日曜日、甘い香りが広がる
落ち着いた朝食の出来事である。
つづく