私は人を嫌うのに、人が私を嫌うことは禁止してました | Solua-ソルア✳︎まゆみのブログ✳︎歩々晴天

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捨てた自分と仲直り✳︎安心感に満ちた世界へ。ライフクリエイターとしての生き方、在り方

私は人を嫌うのに

人が私を嫌うことは禁止してました





私が大好きな花・ひまわり



元気がもらえる

気持ちが明るくなる

鮮やかな色


花の中で、特に好き




でも

当然、ひまわりが嫌いな人もいる




大きすぎて怖い

見られてる気がする

そもそも黄色が嫌い



色んな理由で嫌われることもある




だからって、ひまわりは

別に咲き方を変えたりしないし

姿を変えたりしないし

全ての人に好かれるために咲いてない

ただ咲いてる




ひまわりを嫌う人も

嫌われるひまわりも

どっちも悪くない



ただ咲いてる

ただ好いてる

ただ嫌ってる









ある友達との繋がりを切りました





相手の言動が
私の許容範囲を超えたから





自分の中にあるタブーを
見せてくれる鏡のような相手

というのはいます


そういう人は、ある意味、神



だから別に
切る必要は無いかもしれないけど

嫌気がさしたので
そうしました




そう。嫌気がさしたのです。

相手にも、自分にも




フォローを外して見なければいい

と思ったし、実際にそうしました



そんな自分に嫌気がさしました




相手は切らないけど、フォローをはずす

という行為の裏側の

自分の打算が、本当に嫌になった




相手が嫌!と思ってる、その嫌悪感は
まさに私が私に対して抱いてる嫌悪感でした



自分は相手を嫌うことを許可してる
嫌っていい、と許可してる

なのに自分からは、相手を切らない
切ってしまえば、バレるから

バレないようにフォローを外してる


嫌われないために




そうやって、相手に合わせたフリして
私に必要ない我慢をさせてたから

私は私に対して怒りを溜め続けてたの




自分が嫌うことは許可して
相手が自分を嫌うことは
許可してない


そんな曖昧な行為で
自分の全てを許可、とか言うな!




嫌うなら、嫌われろよ!



って。






嫌われたくないって思うのは

私は嫌われる、という前提だったし


嫌われた時に
全力で自分の味方になれるかどうか
その自信が、まだなかったんだね



全てをひっくるめて大丈夫って
まだ信じてなかったんだろうね




私がやったことは
世間的にはタブーでしょう

自分勝手です



でも、そうすることで

自分自身の怒りを
相手に肩代わりさせる必要が無くなった



自分の問題は、自分の中にしか無い

誰かに肩代わりさせるものじゃ無い




今は、嫌い

今は、好き

今は、一緒にいたくない

今は、一緒にいたい


好きだった人を嫌いになったらダメじゃないし
嫌った人と仲良くしちゃいけないわけじゃ無い


ひまわりを嫌う人も

嫌われるひまわりも

どっちも悪くない