今週はこんなミステリーを読んだ[82](令和元年12.15) 

 

「零時の犯罪予報」 日本推理作家協会編ミステリー傑作選 講談社文庫 05年4月初版 800円

 

この一冊は「ザ・ベストミステリーズ2002」を二分冊にした一巻目で、この二冊で2001年の短編ミステリーの最高水準にある作品を一望できる。「解説」のところで文芸評論家の郷原宏は、アメリカのハードボイルド作家の「短篇ミステリー」について次のような言葉を引用している。「短篇小説は非情である。芸術に名を借りた小手さきのごまかしはほとんと通用しない。書き手のひとりよがりにいたっては、完全に拒否される。短編小説は書き手に多くを求める点において、詩の次に位置するものだと言える」、「短篇小説とは断じて短い小説ではない」。

そして、評論家自身の言葉として「ミステリーは短編に限る」と書く。「短編には情報という混ぜ物がない分だけ、小説としての純度が高い」さらに「三十枚で書ける話を三百枚に水増しするのは、読者に対する裏切りである」とまで断じている。人それぞれ、好みの問題だろうと思うが、私は長編ミステリーを読むには気力も体力も無くなってきたのを自覚して、このところ押し入れの奥から出てきた「ミステリーアンソロジー」を読みふける毎日を過ごしている。私にとってこれは「豊穣の日々」そのものだ。

 

「六時間後に君は死ぬ」。街角で突然出会った自称“預言者”に「六時間後に君は死ぬ」と言われる。以前アルバイトで“デート嬢”をしていたことのある主人公が、本当に殺されそうになりながら無事に25歳の誕生日を迎える、というファンタジードラマ風のサスペンスだ。“預言者”はどうやら本当の“預言者”で、主人公が60年後家族に看取られながら最期迎える映像が脳の中に浮かんで見えた、という「オチ」はなかなかの切れ味だった。

 

「都市伝説パズル」。「電気をつけなくて命拾いしたな」という血染めの文字のメッセージが壁に残された都市伝説に見たてた殺人事件をめぐって、推理作家の法月綸太郎と父親の法月警視がそれぞれの推理で解明していくという物語だ。現場にもいかず、容疑者とも会わず、残された容疑者の証言だけが探偵と警視と読者の目の前にある。A子が部屋に戻った時には先輩は殺されていた。もしその時電気をつけて先輩を起こそうとしたらまだ部屋にいた殺人者と鉢合わせして確実にA子も殺されたに違いない。それで「電気をつけなくて命拾いしたな」というメッセージが残された。殺害の時刻は限定されている。殺害する動機のある関係者全員に、その時刻のアリバイがある。読み終わって、煙草を一本吸うほどの間、頭の中で整理する時間が必要になった。この一編は後になって「読んでおいて良かった」になるものだと思った。

「解説」に2002年の日本推理作家協会賞受賞作とあったのを見て、私の直感が当たったことに満足した。

 

「殺しても死なない」。警察を辞めて「死んでも治らない」という小説を出した作家のところに、「完全犯罪」という題の小説が送られてきて、これが本当に完全犯罪になるのか、犯罪としてばれないか経験上から判断してもらいたいというメッセージが付いていた。「完全犯罪小説」では男のアパートの窓際に座った妻が、手すりのねじの劣化で窓から落ちて死ぬ、という筋立てになっていた。

 

「根付け供養」。北森の作品はこの講談社の「ミステリー傑作選」で何作か読んでいる。あらすじとか人物描写などではなく、どうしても気になったことがあった。

「風見は手にした鞄から袱紗の包みを取り出した。大きいものではない。せいぜいが十五センチ四方といったところか。つまりは、根付けひとつを作るのにちょうどよい、素材の大きさということである」、「完璧な象牙の芯材である」と書かれてあった。「十五センチ四方の象牙の素材」しかも「芯材」だという。いったいどれほどの径の象牙から削り出したものなのだろうか、となかなか?マークが消えなかった。

また、十五センチ四方の素材は「根付けひとつ作るのにちょうどよい」とあるが、別のところに「根付け」の説明として「印籠や煙草入れ、巾着といった提げものを帯に垂らすときの滑り止めで、親指ほどの大きさ」とあったが、親指ほどのものを削り出すのに、十五センチ四方が「ちょうど良い」とはとても思えない。“そんなものさ”と言われれば返す言葉がないが、なかなかすっと呑み込めなかった。

 

「桜の森の七分咲きの下」は、桜の木の下には死体が埋まっている、という書き出しで始まる。

アパレル関係の会社にやっと就職できた。昨日入社式、今朝総務課長に呼び出され、コンビニで弁当を一個買って、公園の一番上に一本だけ咲いている桜の木の下に連れていかれる。新入社員歓迎会を兼ねてここで花見をするのが我社の恒例、それで開始される夕方までその場所の確保を命じられる。

「おい、交代だぞ」と三十くらいの男が現れる、次に作業服を着た中年の男が現れてビールを勧められる、次はパチンコでも行ってきて、と五万円を出す男が現れる。何者かがこの花見の場所を狙っているのか、いや、もしかしたら、新入社員が従順に社命に従うかという試験のようなものなのか、と考えたりする。最後に、花見の場所取りでそこに居られては困る、という理由が明らかにされる。

まるで一幕ものの「芝居」でも見せられているような作品だ。いわゆる「赤ひげ同盟」のバリエーションの一作、どこにも矛盾がなくとても良く出来た一編、と立ち上がって絶賛したい。