マンモグラフィーで見つからなかった私の乳がん

マンモグラフィーで見つからなかった私の乳がん

2010年11月にマンモグラフィで見つからなかった私の乳がんは、翌年10月の手術時18mmで、リンパ節に[9個]転移してました。

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このブログに来て下さってありがとうございます。

 

お陰様で今年も、年に一度の精密検査がすべて異常なしでした。

毎年、骨シンチの時は熟睡しているのですが、今年はマスクで息苦しくて眠れない・・・と思っていたら、やっぱり寝ていました。

 

 

初めての骨シンチから丸9年

リンパ節に9個の転移があったので、

転移・再発は覚悟しつつ、やっぱり今でも怖いです。

来年は術後丸10年。

これまで転移・再発、他の病気にならなかったこと、そして家族と毎日変わらない今日が過ごせたことに感謝しています。

来年もすべて異常なしでありますように。

 

 

 

このブログに来て下さってありがとうございます。

ここ数日、閲覧して下さる方が多いのですが、

どなたかのお役に立てたのでしょうか・・・

 

 

ステージ1で手術台に上がり、

目が覚めたらステージ3に転落。

「2年後、この世にはいないかもしれない・・・」

と言い続けて、8年4ヶ月が経ち、

今のところ、転移再発の兆候は見られないとのことです。

 

突然ですが、余命半年ゲームという言葉を

聞いたことがありますか?

ローカル番組で紹介されていたのですが、

医師が考案した「ゲーム」だそうで、家族や友達と

気軽に、ゲーム感覚でやってみてください・・・

というようなナレーションが聞こえてきました。

 

私はいつも診察室のドアを開けるたびに、

手が震えます。

「残念ですが、転移です。余命は・・・」と言われるかもしれない・・・

8週に1度、覚悟してから診察室のドアを開けます。

 

3年目、4年目と順調に過ぎ、5年目のある日、

マンモグラフィーを終えて、診察室のベッドに横になり、触診を待っていると、主治医のK先生が

「石灰化が3か所・・・」と仰るのが聞こえてきました。

 

血の気が引いていくのが自分でも分かりました。

とうとうこの日が・・・

 

触診が終わり、診察室の椅子に座り、説明が始まると、身体が震えて、怖くてたまりませんでした。

 

ところが、K先生はいつものように「血液検査も腫瘍マーカーも全く異常はありません」と仰り、次回の受診日を確認して、診察室を出るように促されました。

 

あれっ?

と思っていると、助手の先生が「マンモグラフィーの・・・」と小声で言われ、K先生が「あっ!」と何かを思い出したようにマンモグラフィーを指さしながら「こちらも異常ありません」と仰った後で、

ついでに「石灰化が3か所見られますが、

加齢によるものですね・・・」と言われました。

 

・・・

体中の力が抜けていきました。

 

引きつっている私の顔を不思議そうに見ている

K先生にお礼を言うのが精いっぱいで、

あぁ、良かった転移じゃなかったという喜びと、

老化?というショックと、複雑な心境でドアを開け、廊下に出ました。

 

 

 

9年目の今も手が震えます。

「残念ですが、余命は・・・」

と言われるのを覚悟してから震える手で診察室のドアを開けます。

 

遊び感覚で「余命半年ゲーム」をするべきでは

ありません。

 

ある日、癌と言われ、手術しても、抗がん剤で苦しんでも副作用に耐えに耐えても、

「もう、あなたに効く薬がありません」と言われた時の気持ち、

年老いた親を遺して、小さな子供を遺して、

死にたくないと思いながら、痛みに耐え続ける日々。

 

なんで私なの?という理不尽さを、

考案した医師も取材した報道陣も知らないのだと

思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年も

マンモグラフィー・エコー・腫瘍マーカー、異常なし。

骨シンチ・CT・腹部エコーも異常なし。

9年目も無事で過ごせますように。

そして、来年の今日も同じ報告が出来ますように。

1年間、ありがとうございました。

 

 

 

昭和64年1月7日

この日を覚えているのは、楽しみにしていた映画が観られなかったから。

 

当時はニュース速報がしょっちゅう入って、

「吐血、下血」と個人情報がダダ漏れだった。

 

「お元気ですか~?」も聞こえなくなった。

 

あれから30年。

 

まさかこんなに早く平成が終わるとは思わなかった。

まさか平成の終わり方がこんなに穏やかだとは思わなかった。

 

今上天皇のおかげ。

今上天皇は国民のことを本当に考えてくれていたんだと、

今、改めて思う。

 

天皇になる運命を背負って誕生なさり、

自分の意志が通ったのは

美智子さまと結婚できたことと、

退位を決めたこと。

 

どうか長生きをされて、

熱海旅行とか温泉巡りとか

美智子さまと末永くお幸せに

ありがとうございました。

このブログに来てくださって

ありがとうございます。

 

10月12日は私が手術を受けた日で、

あれから丸7年が経った今年の10月12日に

『今のところ転移再発はありません』とK先生に

言われました。

 

マンモグラフィーもエコーも腫瘍マーカーも異常なし。

骨シンチ・CT・腹部エコーも異常なし、

「骨が真っ直ぐですね。良い。」とも言って頂き、

本当にありがたいです。

 

 

もし、K先生に手術して貰えなかったら、

もし、女神先輩がK先生を教えてくれなかったら、

もし、エコー検査を受けていなかったら、

もし、再就職していたら、

もし、会社を辞めていなかったら・・・

 

乳がんになってから『もしあの時・・・』の連続で、

まさか7年間転移再発なく過ごせるとは思っていませんでした。

どうか8年目も元気で過ごせますように。

来年はもっともっと感謝の気持ちを忘れないように

心がけようと思います。

 

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今、孤独のグルメを観ていたんですけど、

『生放送』でお客さんが『今、嵐が歌っている』って

言うからチャンネル変えているうちに、

孤独のグルメ終わっちゃったよ。

スポンサーに怒られるんじゃないの?

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彼女のブログが更新されなくなって、

今日で1年。

どうされているのかなぁ・・・

私はクリスチャンではないけれど、

祈らずにはいられない。

 

もう少し、あと少しだけがんばって欲しい。

もう、十分がんばっているけど、

弱気にならないで。

 

もっとお薬が効きますように

放射線で腫瘍が小さく小さくなりますように

少しでも彼女が食べたいものが

食べられますように。

 

そして、

『子どもたちと離れたくない』という

彼女のたった一つの母としての願いが

どうか叶えられますように。

 

 

tetoraさんのブログ

ままとして乳がんと向きあう

 

 

 

 

このブログに来てくださって

ありがとうございます。

 

13日の金曜日、

8週に1度の定期検診で、K先生から

骨シンチ・CT・腹部エコーは異常なし、

血液検査も100点満点と言って貰い、

天にも昇りそうでした。

 

がっ!

ピンチはチャンス、

チャンスはピンチ・・・

7年前の11月を思い出します。

 

マンモグラフィー4枚、

血液検査5本、

胃カメラ、大腸検査・・・

体の隅から隅まで調べてもらった後の

担当医のお言葉が

『どこも悪くない。貴女の年齢(とその体形)で

この検査結果はあり得ないんだけどなぁ・・・』

 

それから半年くらい経った頃、

『最近、乳がんが増えているらしいよ。

あなたも気を付けなさい。』と父から言われた時、

間髪を入れずに

『大丈夫!どこも悪くないって言われたんだから』

と自信たっぷりに答え、軽く鼻で笑ったのをハッキリ覚えています。

 

今、振り返ってみると、自信ではなく驕りでした。

せっかく心配してくれた人に、親に、

高慢な態度を取ったことを何度も何度も

後悔しました。

 

バチが当たったのかもしれません。

新聞の記事で乳がんの特集があったり、

TVで針生検について詳しく紹介していたり、

乳がんは身近なものだったはずなのに、

当時の私には別世界の、他人がかかる病気でした。

 

『健康診断を受けるな』という声を初めて聞いたのはもう10年くらい前でしょうか。

その時も他人事で、なんでそんなことを言うのかをきちんと調べませんでした。

そしてその意味を身をもって知ることになるとは・・・情けない限りです。

 

驕り

勢いに乗っている時は知らず知らずに

調子に乗ってしまいます。

あんなに勢いのあった彼女が、

他人の言動でますます勢いに乗っていた彼女が、自分の言動で失速してしまいました。

 

でもすぐに自分の慢心に気づき

表情をこわばらせた彼女をまた

応援したくなりました。

 

そして彼女を見習い、慢心する癖を直さなければならないと強く思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は

私と同じ8月生まれで、

彼女が大好きな『ひまわり』のように

読者を笑顔にする文才の持ち主で、

私よりも1つ年下の『永遠の38歳』。

 

初めて彼女のブログに訪れた時、

すでに彼女は旅立ったあとでした。

 

2011年夏、

「乳がん」と検索すると必ず彼女のブログが

目に入り、当時、乳がんの基礎知識ゼロだった私は彼女のブログから一つずつ学んでいきました。

 

人気№1ブログのタイトル

若年性乳がんになっちゃった! ペコの闘病日記

は、自分の過酷すぎる現実を読者に負担させないように配慮してあって、青い空に黄色いひまわりが元気いっぱい、背伸びしているようなデザインでした。

 

元々、mixiの日記として記録していた彼女は

 

2005/07      左胸、良性の繊維腺腫との診断

2006/09    右胸、乳腺繊維腺腫との診断

2006/10    マンモグラフィー

        →「特に異常なし→肋間神経痛?」

 

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2007/03/02    右胸の全体が硬い

 

2007/03/05    K崎市立病院 診察(1)

                    先生 →「乳腺症かもしれない」

2007/03/09    K管病院 診察(1)

                    マンモグラフィー/超音波

                    先生 →「何だかよくわからない

                 「痛いのはがんじゃないって言うし

2007/03/16  午前 →K崎市立病院 超音波検査

                     午後 →K管病院でMRI検査

2007/03/19     K崎市立病院 診察(2) 

                     【また】マンモグラフィー

2007/03/20     K崎市立病院 診察(3)

                     「そのMRIの画像をK管病院から

                      借りてきてもらえる?」

                     →自転車でK管病院へ

                     →K管病院 診察(2)

                     →最初のがん告知

2007/03/22    K崎市立病院 診察(4) 

                     →2度目のがん告知

 

先生 →「それよりも旦那さんと一緒に北海道で

              治療を受けたほうがいいんじゃない?」

先生 →「なんなら、宛名を書かなければどの

              病院にでも持っていくことができるけど」

 

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34歳、新婚。

ご主人の転勤で生まれ育った関東から北海道に引っ越しする準備の真っただ中、マイホーム購入の為、訪れていた北海道のホテルのお風呂で彼女は【胸の異変】に気づきます。

 

新しい家族のワンちゃんを迎え、もしかしたら翌年にはママになっていて、家族がどんどん増えて、ひと段落したら仕事を始めて、密かにいつか作家になりたいと思っていて・・・

彼女の未来は明るく、順風満帆という言葉がピッタリでした。

 

 

もし、10年待ってくれたら、

もし、2016年44歳の彼女が胸のシコリに気づいたら、賢い彼女はネットで徹底的に情報を収集し、

名医を見つけ、自分に合った治療法を見つけていたに違いありません。

 

骨、肺、心膜、脳・・・あっという間に転移していく現実を客観的に描写し、治療法を分かりやすく説明し、その上、随所で笑いを取るという文才を持つ彼女は2011年1月19日、彼女の本が書店に並ぶのを見届け、その翌々日に深い眠りにつきました。

 

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2017年8月17日、

45回目のお誕生日おめでとう。

 

今日、私にK先生から封書が届きました。

6年目の精密検査、

骨シンチ

CT

腹部エコー

すべて異常なしで、転移再発なく7年目をスタートします。

来年も同じ報告が出来ますように。

後輩たちを見守っていて下さいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8週に1度の定期検診は異常なしでした。

術後、5年と8ヶ月。

でも、

ER(エストロゲン)_________95%

PgR(プロゲステロン)____95%

の私はこれからがピーク。

 

どうか来年も異常がありませんように・・・。