大阪女子マラソンで久しぶりの日本最高記録が更新された。ここしばらく記録が停滞していた日本女子マラソン界にとっては久々の朗報で、瀬古先生からも「何も言えねー」発言が飛び出した。
(相変わらずである)
スポーツにはアマチュアとプロがあり、興業として成り立つ競技と、それ以外経済的には全く別物と言ってよい。
プロスポーツ選手には、並ではない高い能力が必要なわけであるが、こと能力と努力の割合を考えれば、プロもアマも大差ないはずであるが、手にするギャラは桁違い。その割にマラソンはテレビで中継され、それなりの視聴率を誇る。これらから得られるフィー収入は概ね代理店、TV局、そして陸連に入るのだと思われるが、正当に選手に分配されているとは思えない。
どれだけ陸上競技選手の能力やパフォーマンスが凄いと説明しても、何億も稼ぐアスリートの前では霞んでしまう。特に今時の人たちは、稼ぐ金額の多寡で人の価値を測っているように思える。
いい加減に「武士はくわねど・・・」的な考えを捨て、相応のギャラを与えないと、そのうちマラソンも廃れますぞ。
東京五輪の金メダル獲得目標は30個だそうである。リオの17個からするとかなり高い目標だ。しかし前回から競技種目が変更になる中で、同等に比較するのはおかしい。こりゃメダルさえ取れればOKという風潮の証ではないか。
なぜそれほどメダルにこだわる。日本人が活躍すればそれだけ観客は喜び、視聴率もアップする。五輪に限ったことではなく、、国の代表が活躍すれば手放しで喜ぶ民族ゆえの反応だ。(競技種目は何でも良いのだ)極端な話その競技に興味が無かったとしても、世の中、とりわけこの場合は外国の人達が高く評価してくれれば嬉しくてたまらないのである。みんな外国に比べて優秀な我が国であって欲しいだけで、競技の中身は2の次だ。確かに同胞が負かされる姿は見たくもないが、競技には勝敗がつきもので、贔屓が勝つこともあれば相手が勝つこともある。それがスポーツの面白さなのだが、多くの人は五輪でも囲碁でもバレーでも映画でもなんでも同じなのだ。
