みなさん、こんにちは!冬眠している熊がレム睡眠になったとき春の訪れを感じる、ログハウスです。
2007年に旗揚げしたガンジーismも10年という年月をむかえ、10年一区切りということで、今回で引退試合を迎えることになりました。
10年の間に、仲の良い友達は結婚して子供ができたり、一方で離婚して子供と離れたり。
自分の好きなプロレスが人気を復活させ、再び泣けるほどの凄まじい試合を見ることができたり、色んなことがありました。
自分自身は現状維持を貫き、そんなに大きな変化はなかったのですが、先日、鼻の穴から神経が飛び出していて、うわっマジかよ終わったわ~と、がく然としていたら… 白くなった鼻毛で、それはそれでがく然として、若干の老いを感じた10年であります。
笑いを発信する場所としてブログという会場をかりてネタを届けてまいりました。
大勢の人前だと萎縮してしまう自分にとって、ガンジーismは、自分が人を笑わせる側でいることのできる大切は居場所でした。
監督さん、板垣さん、おしょうさん、 未来(みらくる)どて子さん、パラマウントさん、いつも温かい感想を聞かせていただいたり、コメントを書いてくださりありがとうございました。
そして一度でも、チラ見でも、例え見てみぬふりでも、一瞬でもガンジーismに立ち寄ってくれたみなさんに感謝の気持ちを伝えたいと想っています。
その想いは、とても「ありがとう」という言葉では伝えきれないので、「ありがとう」を超える感謝の言葉を開発し、広辞苑に申請して、載せてもらうことができたら、改めて伝えたいと想っています。
なんやかんやで、これからもボケを発信する場所は作っていきたいと思いますので、次の舞台がTwitterなのか、Facebookなのか、謎のユーチューバ―になるのか(笑)、まだ決まっていませんが、決定次第お知らせしたいと思います。
さてさて、最終回にどんなことを書こうかなと思いましたが、ブログの話をすると、よくなんでタイトルが「ガンジーism」なの?と聞かれることがありました。
正直ガンジーが何をした人なのかいまいちわかっていなかったんですが、昔からガンジー、ガンジー言う子供で、好きな偉人の一人でした。
というのも、
小学生の時、朝の10分間読書という時間があって、自分は国語辞典を読んでいたんですけど、途中まったく面白くないことに気づき、教室の本棚にあった偉人伝を読んでみました。
エジソンやライト兄弟といった偉人たちの、まだ誰もやっていないことをやっている姿が幼な心に響きまくって、それから毎日のように伝記を読むようになりました。
結果、みんなが修学旅行の思い出やがんばった運動会のことを書いている小学校の卒業文集に、「ケネディ暗殺の秘密」とか書いているバカすぎる人間に育ちました。
もちろんガンジーの伝記も読んで、インド独立や非暴力とか難しかったけれど、こどもの頃から「ガンジー」という言いやすすぎる響きとネーミングがずっと心に残っていて、1番好きな偉人になったのだと思います。
日常生活で好きな偉人は誰?なんて聞かれることもなく、心にガンジー好きを秘めたまま、高校生になり世界史の授業が始まりました。
そこでなんと!なんと!授業にガンジーが出てきたのです。
これはしっかり勉強せねばと隠れて読んでいた週刊プロレスを机にしまい、気合を入れ直し、教科書を読んでみると違和感を覚えました。
教科書の表記が「ガンジー」ではなく、「ガンディー」になっているのです。
授業内容からして、ガンディーは自分の知っているガンジーで間違いないようなのですが、世界史を教える教師もガンディーと発音しているし、黒板にもガンディーと書いています。
でも自分にとってガンディーは、ガンジーなのです。
どんなにガンディーと教わろうと、ここは譲れない。たとえ老人に席を譲ってもここだけは譲れない!
自分は黒板に書かれているガンディーの文字を、ノートにはしっかりガンジーと書き直し、己の中にあるこだわりをまっとうしていきました。
そしてむかえた世界史の期末テスト。
あまり勉強してこなかった自分は、ない知恵を振り絞って解答用紙に向かっていました。
すると、問題の中に明らかに答えが( ガンジー )になる問題があったのです。
よしっ!真っ先にガンジーと書こうとした時… えんぴつを持つ手が止まった。
そういえば授業で、ガンジーではなくガンディーと言っていなかったか?
教科書の表記も「ガンディー」だったはず。
ガンジーと書けば、万が一にもバツにされる可能性がある!?
突如、脳内に立ち込める暗雲。
確実にわかる問題も少ない中、ここは1点でも多く確保しておきたい。夏休みに補修にいくのはごめんだ。
でも人間、曲げられないものはある。確かに点数は欲しいさ。
それでも貫きたい想いがある。
幼き頃からの想い――
ずっとガンジー、ガンジーいってきたじゃないか。自分のノートにもわざわざガンジーと書き記し、こだわって生きてきたじゃないか。
10年後の未来にはガンジーismというブログを始めるくらい、ガンジーとはきってもきれない縁があるんだぞ。
己の心に問いかける…
そんなにテストの点がほしいのか?たった1点がほしいのか?
偉人たちに顔向けできなくなってもいいのか?
ガンジーはガンジー以外ありえないだろ!!
俺は解答用紙の空欄に( ガンディー )と書き込んだ。
2007年に旗揚げしたガンジーismも10年という年月をむかえ、10年一区切りということで、今回で引退試合を迎えることになりました。
10年の間に、仲の良い友達は結婚して子供ができたり、一方で離婚して子供と離れたり。
自分の好きなプロレスが人気を復活させ、再び泣けるほどの凄まじい試合を見ることができたり、色んなことがありました。
自分自身は現状維持を貫き、そんなに大きな変化はなかったのですが、先日、鼻の穴から神経が飛び出していて、うわっマジかよ終わったわ~と、がく然としていたら… 白くなった鼻毛で、それはそれでがく然として、若干の老いを感じた10年であります。
笑いを発信する場所としてブログという会場をかりてネタを届けてまいりました。
大勢の人前だと萎縮してしまう自分にとって、ガンジーismは、自分が人を笑わせる側でいることのできる大切は居場所でした。
監督さん、板垣さん、おしょうさん、 未来(みらくる)どて子さん、パラマウントさん、いつも温かい感想を聞かせていただいたり、コメントを書いてくださりありがとうございました。
そして一度でも、チラ見でも、例え見てみぬふりでも、一瞬でもガンジーismに立ち寄ってくれたみなさんに感謝の気持ちを伝えたいと想っています。
その想いは、とても「ありがとう」という言葉では伝えきれないので、「ありがとう」を超える感謝の言葉を開発し、広辞苑に申請して、載せてもらうことができたら、改めて伝えたいと想っています。
なんやかんやで、これからもボケを発信する場所は作っていきたいと思いますので、次の舞台がTwitterなのか、Facebookなのか、謎のユーチューバ―になるのか(笑)、まだ決まっていませんが、決定次第お知らせしたいと思います。
さてさて、最終回にどんなことを書こうかなと思いましたが、ブログの話をすると、よくなんでタイトルが「ガンジーism」なの?と聞かれることがありました。
正直ガンジーが何をした人なのかいまいちわかっていなかったんですが、昔からガンジー、ガンジー言う子供で、好きな偉人の一人でした。
というのも、
小学生の時、朝の10分間読書という時間があって、自分は国語辞典を読んでいたんですけど、途中まったく面白くないことに気づき、教室の本棚にあった偉人伝を読んでみました。
エジソンやライト兄弟といった偉人たちの、まだ誰もやっていないことをやっている姿が幼な心に響きまくって、それから毎日のように伝記を読むようになりました。
結果、みんなが修学旅行の思い出やがんばった運動会のことを書いている小学校の卒業文集に、「ケネディ暗殺の秘密」とか書いているバカすぎる人間に育ちました。
もちろんガンジーの伝記も読んで、インド独立や非暴力とか難しかったけれど、こどもの頃から「ガンジー」という言いやすすぎる響きとネーミングがずっと心に残っていて、1番好きな偉人になったのだと思います。
日常生活で好きな偉人は誰?なんて聞かれることもなく、心にガンジー好きを秘めたまま、高校生になり世界史の授業が始まりました。
そこでなんと!なんと!授業にガンジーが出てきたのです。
これはしっかり勉強せねばと隠れて読んでいた週刊プロレスを机にしまい、気合を入れ直し、教科書を読んでみると違和感を覚えました。
教科書の表記が「ガンジー」ではなく、「ガンディー」になっているのです。
授業内容からして、ガンディーは自分の知っているガンジーで間違いないようなのですが、世界史を教える教師もガンディーと発音しているし、黒板にもガンディーと書いています。
でも自分にとってガンディーは、ガンジーなのです。
どんなにガンディーと教わろうと、ここは譲れない。たとえ老人に席を譲ってもここだけは譲れない!
自分は黒板に書かれているガンディーの文字を、ノートにはしっかりガンジーと書き直し、己の中にあるこだわりをまっとうしていきました。
そしてむかえた世界史の期末テスト。
あまり勉強してこなかった自分は、ない知恵を振り絞って解答用紙に向かっていました。
すると、問題の中に明らかに答えが( ガンジー )になる問題があったのです。
よしっ!真っ先にガンジーと書こうとした時… えんぴつを持つ手が止まった。
そういえば授業で、ガンジーではなくガンディーと言っていなかったか?
教科書の表記も「ガンディー」だったはず。
ガンジーと書けば、万が一にもバツにされる可能性がある!?
突如、脳内に立ち込める暗雲。
確実にわかる問題も少ない中、ここは1点でも多く確保しておきたい。夏休みに補修にいくのはごめんだ。
でも人間、曲げられないものはある。確かに点数は欲しいさ。
それでも貫きたい想いがある。
幼き頃からの想い――
ずっとガンジー、ガンジーいってきたじゃないか。自分のノートにもわざわざガンジーと書き記し、こだわって生きてきたじゃないか。
10年後の未来にはガンジーismというブログを始めるくらい、ガンジーとはきってもきれない縁があるんだぞ。
己の心に問いかける…
そんなにテストの点がほしいのか?たった1点がほしいのか?
偉人たちに顔向けできなくなってもいいのか?
ガンジーはガンジー以外ありえないだろ!!
俺は解答用紙の空欄に( ガンディー )と書き込んだ。














