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がんちゃんのブログ

2024.11月ヨリ『がんちゃんのブログ』を再開しました

平凡な日々の日の出来事に感じた時の自然な表現が書ければ幸いです。

乾燥した日が続き日曜日には水撒きをする
メジロの動きは速い,カメラを向けるがもうそこにはいない
数多くのメジロが枝垂れ梅の開花した花にやってくる
去年も同じ様に満開の花が咲き梅の実をつけコンビニの袋2袋を収穫しこの梅は近所に住む小料理屋さんの女将に,女将さんは喜んでくれた

この枝垂れ梅は盆栽の鉢植えで買い
水やりが出来ない事から地植えにし20年以上も庭の真ん中に陣取る
他に古木の梅の木が2本あったが父が亡くなった後,寺に寄贈する
3月に逝ったので植木屋さんにお願いして寄贈したが,寺の住職が代わり去年に切られて処分されてしまった
父の大事にしていた梅の木でも有り残念な事で有る,一言言ってもらえれば植木屋さんに頼んで又,うちの庭で咲いていただろうと住職に苦言したのを覚えている
住職は経緯がわからなかったと頭を下げた
同時に山躑躅も寄贈したがこれは無事であった
寺は梅の木の伐採した跡地に新規小さな墓地を30基増やし販売するほど経営が逼迫しているらしい

生あるもの須らく死するし現実の営みから消え行く
中々,若いうちはピンとこない,未来に希望を持ち続けて生きているだろうが,身近な人の死の現実はショックも悲しみもあり気力を失うものである

私の父親はコーヒーが好きで毎日のように飲んでいた
父の青春は戦争に明け暮れ常に生死を前にし戦っている時代で有り,大陸,南方と渡り歩いた

父の母は戦死の通達が有り一人っ子で相当ショックだっただろうが,(ここは詳しくは書けないが),今は皆さんが海外旅行に楽しむ国では有る

父は亡くなる前に一度,中国大陸から東アジア各島々へ行って見たいと言ったいたが叶わなかった


コーヒーは毎日何杯か飲む,コーヒーカップに10杯以下はない,