会社と消費者金融、

まずは返済の優先順位を考えよう、と先生。


私は

とにかくこの会社と一日でも早く

縁を切りたかい旨伝えて、協議。


じゃあ、思い切って

借りれるだけ借りて一括で返しちゃって

そこから残りを整理しましょうか、という話になる。


通常のクレジットカードの融資枠を使ったり

(返済が滞ったことがなかったので)

実家の親に借りたりして

キッカリ300万円、一カ月のうちに返済完了。


借金は減っていないが

かなり精神的にスッキリすることが出来た。


そしてここからが、

無知な私には夢のようだったのだが。


「債務整理」という

魔法のような

先生の必殺技が作動する。






この方、以前の会社の顧問弁護士。


他に知っている人もいないし

迷わず連絡をしたのだが

じっくり話すのは初めてで

正直かなり不安だった。


冷たくあしらわれたらどうしよう。

100%お前が悪いと言われたら?

法外な謝礼を要求されたら?


結局、全て杞憂に終わったのだが。


早速翌日会いに行くと

その人は(以下先生)は、

とてもあたたかい人だった。


大丈夫、一緒に作戦を練りましょう、と

先生とても頼もしい。


架空売り上げ総額1,200万円。

そのうち立て替え払い済(私の借金)300万

なので残りは900万。

これを、全体に対しての折半にして

会社への支払いを残り300万円にするという。

そうすれば、私の借金は計600万、

これなら何とか返していけるかもしれない。


この後私は交渉の場に出ることはなかったが。


2週間後、先生は見事に

作戦通り、話をつけてくれた。


ありがたい。

少し明日が見えてきた。


さあ、返済だ。





話を戻そう。


殴られ、蹴られ、罵られの中でも

私はある意味で開き直っており、

終始冷静だった。


責任の比率と事後処理を

どうしていくかの今後の話し合いに際し

私は、己の非を充分認めつつも

弁護士を立てるつもりであることを伝えると

幹部の様子が一変。


急に、ここで今まで通り働きながら

返してくれればいい、という

訳のわからない懐柔に入る。


要は、出るとこに出た場合

会社側にも相当の責任が問われることを

「過去の幾度かの経験」から

彼らは知っていたのだ。


頼るべきはその道の「プロ」。


結局解雇はしてくれないというので

仕方なく退職願いを書いたところで

この日はその場を後にして

私は、旧知の弁護士に連絡を取った。







時系列が狂うが

彼女のことを先に書く。


全て、2年後に聞いたことだ。


私が呼び出される前夜に

失踪した彼女は

私以上の闇を抱えていた。


相当な額を横領していたらしい。


生活が派手な訳でも

博打をする訳でもない子だったので

おそらく影には男の存在があったのだろう。

私の感触では、リアルタイムで継続していたとは

思えないのだが。


「立て替え」を言わずにいてくれたのも

別に私に好意があって

隠していてくれたわけではなく

そこから自分の犯罪が露見するのを

恐れて言えなかった、ということだったのか。


滅多に感情を荒立てない彼女が

一度だけ、泣いたことがあった。

私が妻帯者だと知っていながら

逢う度に「直接」交渉を求める彼女が

不思議でならず、それをたしなめた時に、

逆切れしたのだった。


「男の人は、みんなそう!」


生きる理由が、自分の中に欲しかったと

いうことだったのだろうか。


今となっては真相を知ることは出来ない。


捜索願が家族から出された

一ヶ月後

北海道の湖で

冷たくなった彼女が発見された。



全て、2年後に聞いたことだった。








ある日、突然出先から呼び戻された。


ついに来たか。


内容は聞かずとも分かる。

さすがに逃げたくなる思いと戦いながらだったが

私は腹に力を入れて会社へ向かった。


緊急招集のかかった

幹部社員約10名に

会議室でいざ囲まれると

私は奇妙にも、半分ほっとしていた。

自分でしたことに対し

自分ではどうすることも出来ず

こうして発覚することでしか

終わらすことが出来なかったのだ、と

自分の情けなさを知る。


覚悟していた通りの詰問が始まり

経理の彼女からは、未入金に対して

厳しいチェックと催促を日々受けていた、と

そこだけは嘘をついたが、

それ以外は

罵倒を浴びながらも、全て正直に答えた。


そして、変に冷静な私は、

幹部たちの様子が

おかしいことにも気が付いていた。


2階の会議室と私の居る1階を

数名がタバタ往復し、

ドアの外ではひそひそと電話の声がしたりする。


・・・他にも何か起きているのか。


私はしばらくたってから

それを知ることになるのだが。


彼女が前夜から、行方をくらませていた。












お金を引き出す(借りる)度に

「助けてくれ、助けてくれ」と

誰にでもなくブツブツとつぶやき

生命保険はいくらだったか確認したりする。


不正行為に手を染めてからの

1年弱は、地獄だった。


家族は、毎夜遅い私の体と

次第に元気を無くしていく様子を

心配してくれていたが

打ち明けることも出来ない。


そして。


全てに気がつきながらも

どういう訳か

会社へ報告をしない経理の娘と

深い仲になった。


その吸いつくような肌と

清楚な外見からは想像もできない

いつでも準備が出来ているような

いやらしい体に私は溺れ、

彼女も

車で、外で、休日出勤の人気の無いオフィスで

何かに取憑かれた様に、私を求めた。


愛とか情欲とかじゃない。


たぶんお互いにもう

そこにしか行くところがなかった。





いけないことだとは重々わかっていながら

売上あと一件で、帰れる、寝れる、の

極限状態が訪れるたびに

同じことを繰り返すようになった。


一度目はポケットマネーからだったが。


二度目からは大手サラ金からの資金調達。

一社、二社、三社と件数と金額は増え続け

総量規制など無かった当時は

限度までいけば簡単に融資枠も増えた。


架空で売り上げを上げて

その日を凌ぎ

後で借金をして自分で払うなんて。


・・・バカにも程がある。


この行為に輪をかけたのが

経理担当3名のうち

一番若い女性の存在。


未入金禁止の経営者の掛け声と裏腹な

ルーズなチェックで、

1年もたたない頃には

彼女の担当に関しては

30,40万程度なら半年以上の遅れも

指摘されないとこを私は知ってしまう。


彼女もまた、体裁は何とか取り繕ってはいたが

実のところキャパオーバーで

仕事がまったく回らない

この会社の犠牲者の一人だった。





日々のノルマに届かなければ

深夜1時2時まで外回り、

休日出勤も当たり前、

初めて経験する、

そこはいわゆるコテコテの営業会社だった。


それでも入りたての頃は

なにくそっ、と

必死にがんばって結果を出して

傍から見れば順調に昇進もしたが

半年経って、崩れ始める。


体にも頭にも限界が来ていた。

回収も厳しくチェックされていたので

集金で引っ掛かった1件を

つい立て替えてしまったのだ。


25,000円也。


これが2年間で

1,200万円以上になるなんて

この時はまだ夢にも思わない。








今までの10数年間

自分が、いかに会社の看板で

ブランドの力で商品を売ってきたかを

思い知るのに

一カ月とかからなかった。


そして、この新しい会社の

脳の血管が破れるような朝礼も

何とかセミナーからそっくり持ってきたような社風、

押しつけの家族ノリ、細かい営業ノルマ、

全てに於いて

私には全く合っていないことを

思い知るのに

一カ月とかからなかった。


「ある辞め方」をした元社員が

相当数いることと

私がそうなってしまうことだけは

まだ知らなかったけれど。







結局私は、会社を辞めた。


先輩や後輩、つまりは慕ってくれた仲間達には

凄く反対されたが、

とても居続けることが出来るような

状況になかったので

旧知の社長さんのお誘いのままに

とある中小企業へとサッサと再就職を決めたのだ。


この頃の私は、

自分を「出来る」男と信じて疑わなかったし

数々結果も出して収入も得て来たので

リスタートに何の不安もなかった。

家族も驚きはしたが、私を信じて了承してくれた。


働くことは嫌いじゃない。


休んでいる方が苦痛な私は、

3日後には新しい会社へ出勤していた。


そしてこれが、

この後大きく人生を変えることになる

悪夢のはじまりとなった。