前回のブログ記事投稿は、なんと昨年9月のようでした...
妻が胎動を感じたとか書いてます...
あれから途中経過をすっ飛ばして、2月10日月曜日に、女の子が産まれました
予定日はとっくに過ぎていたのですが産まれず、誘発分娩の日取りが決まったこともあり、とりあえず帰国したその日の夜に破水ぽい感じ。
上の子と同じく高位破水ぽいので、ちょろっとな感じみたい。
翌、日曜日朝に急遽受診してそのまま入院。
上の娘はいきなりの事で気持ちの整理がつかずに不安定。
弱い陣痛が来てるので、とりあえずこのまま様子みて、いずれにしても出さないといけないから、月曜日から誘発剤入れていきましょうという事に。
12時間のフライト翌日で、時差ぼけも残りまくっっている中ですが、頑張って娘のお世話をし、夜の寝かせつけしながら一緒に眠ってしまった夜9時45分。
妻から電話が来て、陣痛が10分以内の間隔になったから直ぐに来て欲しいとのこと。
大慌てで、娘を義父母の寝室に連れて行き、ダッシュで病院へ。
子宮口は6センチ開いているとのこと。
おおお、さすが経産婦。進みが早い。
ただまだ赤ちゃんが降りてきてないらしい。
そして2時間半後の、夜中12時30分。ほとんど
子宮口全開に近いらしい。
コレはもうすぐ生まれるか!
短くて助かるなー
と思った時から、結局その後12時間かかり、累計15時間のお産でした...
初産婦より時間かかったんじゃねぇ
もちろん妻が一番大変でしたが、15時間陣痛室と分娩室で介助した私も、最後の3時間はクラクラしながらぶっ倒れないよう頑張りました
最後は上の娘同様、促進剤でのアシスト、吸引分娩、そして保育器入りという、初めから最後まで
ほとんど同じ経緯をたどりました。
今回は本当に疲れたけど、思いもかけず完全にお産に立ち会えたし、赤ちゃんが待っててくれたのかな
俺、産んでないのに身体中が筋肉痛です
今日、保育器から少し出て、初乳飲んだみたいなので、明日には完全に出られるかな。
ブログの書き始めを見返すと、無精子症が発覚したのが2012年9月だったみたいです。
それからなんと、7年5ヶ月経ち、2人の娘の父親になる事が出来ました。
そのほとんどは、妻の頑張りによるところが大きかったわけですが、私もそれなりに頑張って来たかなと少し誇らしい気持ちあります。
ただ、あの無精子症がわかった時の絶望感は、死ぬまで忘れないでしょう。
この無精子症ばかりは、頑張れば皆んな何とかなる、ということではありませんが、無精子症で悩む全ての方が、無駄な治療や迷信の様なコンセプトの病院に邪魔される事なく、最短の道で自分たちの結論に辿りつける様、願ってやみません。
もうほとんど更新する事がなくなったブログですが、とりあえずはこのまま残しておきつつ、いったんは更新は終了しようと思います。
育児はこれからもずっと続きますが、とりあえず、
妻と俺。7年5ヶ月、よく2人で泣いたり悩んだりしながら頑張った!
お疲れ様
今年は正直、私自身も命をかけた大手術を予定しています。
不安な気持ちはありますが、おとうちゃん、生きて、旅はまだ続けなければ
不慣れでつまらないブログでしたが、誰かの参考に少しでもなったとしたら、こんなに嬉しいことはありません。
幸せの形は人それぞれ。
でも全ての人が幸せと思える多様な社会になってほしい。
子供を持つ、というのはその幸せの形の一つであり、全てではない。
そんな多様な社会、受容性寛容性が豊かな日本を娘達には残してあげたい。
最後に産まれたてのお姫様の写真です。

