子どもたち、私は、北海道の旭川と札幌を講演で回ってきました。
旭川では、もう雪が降りました。
私が行ったときには、すでに解けていましたが、北海道は、もう冬です。
初めて夜回りコートを羽織り、夜8時に夜の町に出ました。
町の中心の三条通を、駅前から、
子どもたちに早く帰るように声をかけながら、回りました。
そして、先日講演をした、旭川市民文化会館近くの公園に入ると、
私より少し年上に見える男の人が、ぽつんとベンチに座っていました。
側(そば)には、大きな紙袋と何枚もの段ボールが。
私が彼の側に行くと、彼は、震えていました。
私は彼の隣に座り、
「大丈夫ですか」
と声をかけ、そして話をしました。
彼は、58歳でした。
若い頃(ころ)から、北海道のもっと北の町で、
道路工事の現場で働いてきたそうです。
結婚もし、2人の可愛(かわい)い娘もいました。
それなりに幸せな生活をしていました。
しかし、5年前に働いていた会社は倒産。
何をしてもうまくいかず、自暴自棄、酒びたりの生活の中で、
妻と子どもたちは、離れていったそうです。
借金取りから追われて、この夏旭川に、友人を頼って来ました。
しかし、仕事は見つからず、友人に迷惑もかけ続けられず、
先月からは路上生活に。
何とか冬将軍が来る前に、南に、東京に出て、
仕事を探そうと考えていたけれど、旅費もなく、
その日その日を何とか生き抜いてきました。
私が
「何で生活保護の申請をしないのですか」
と聞くと、
「私は、こんな丈夫なからだを、親からもらっています。
働けます。そんな人間が、福祉のお世話になったら、
お天道(てんと)様から笑われます」
と寂しく答えてくれました。
夜11時になると、
「これから、食料を探しに行きます」
と繁華街の方に歩いていきました。
私は、ホテルに戻りましたが、
どうしても彼のことが頭から離れませんでした。
暖かい快適な部屋にいる自分が、何かつらくなって、
ホテルで、酒を1升と紙コップを2つ、それにつまみを用意してもらい、
またあの公園に戻りました。
彼は、段ボールを組み立てて、その中で横になっていました。
私は、その中に入り、そして、
「ともかく、今は生活保護を受けよう」
と説得しながら、2人で朝まで酒盛りをしました。
朝日が出るころ、彼はそっと言いました。
「わかったよ。今日、市役所に行ってみる。そうだよな。
働いたら、返せば良いんだ。
でも、あんたは変わった人だ。
あんたのおかげで、何か忘れていた夢が、もう一度よみがえってきた」。
彼の目は輝いていました。
私のからだは、冷え切っていましたが、こころは、ぽかぽかでした。
子どもたち、夢を捨てること止(や)めよう。どんな時にも。