行動して楽しんでいく
ストレスをサクッと終わらせる
詳細はまた後ほど~
話をしていく
④番目(下)あたりに前記事 が反映されていますね。
こうやってみると「和」というものが理解できて来るような気がします。
第1にイデオロギーとして振りかざしてしまうと「和」ではなくなる
コミュニケーションとか取る中で、「あぁ、平和だな」と感じる事は出来るのだけれども、
「平和じゃなきゃいけないんだ!」とすると、途端に平和ではなくなってしまうという。
だから日本人らしさ、といった時に「和」だとしてしまうのにも、少し違和感が生まれる。
もっと具体的な「らしさ」がないと良く分からないもののままになってしまう気がする。
第2に、各自基本は意見があるという事。
私がしていた勘違いの一つに、「和」と「自分の意見」とを比較して「和>自分の意見」としていたところがありました。
これが個人的な意見を抑圧する精神構造にもつながっていた。
これは先のイデオロギー化した「和」に思考を洗脳されていたということなんですが、
今回のCOENではっきりしたのは「和」には「個人の意見」が不可欠なのであって、
一人一人の意見を大事に育てていかなければ和も一緒に崩れていく。
もっと個人的な感覚や体験からくる考え方とかをもっと大事にしなければいけなかった。
みんなに胸張って言える様な意見や考え方が先にあって、更にその上に「和」が生まれるというような構造。
個々人の勉強力が重要になってくるのだと考えられます。
ちなみに自分が生まれたTPOで価値観は必ずあるものだあから、それを自覚出来るくらいには勉強はしておいた方がいいのでしょう。
それを自覚していくという過程もこのCOENでは感じられます。
「他」を知って初めて「自」を知るというような感じ。
東京に出て初めて使ってた言葉が方言だったと気がつく様な感じ?
その為に必要なのが、コミュニケーション。勉強もコミュニケーションの一つ。
会話して、勉強して、色んな自分に気が付いていく。
それが面白いんだよ。と言っているのがこのCOENの様な気がしています。
「和」って何だろう?
会話出来る環境なのか?そういう雰囲気なのか?
「知ろうと思う気持ち」や「知っていきたいものがある状態」も「和」と関係はありそうな気がします。