格闘技やってる人の中には耳がつぶれている人がいる。

「耳がつぶれていたら強い」とは限らないけど、でも一生懸命やったことだけは確かだ。

 

私の父は耳がつぶれている。父はインターハイに出たことがあるって言ってた。

私の弟も耳がつぶれている。弟がインターハイに出るところは見た。

耳がつぶれるに至る様子も経験的に知っている。

 

だから、旦那の耳がつぶれていることを「一生懸命やったことがある人」って思ってお付き合いに発展し今日に至る。

 

さて、旦那の父も耳がつぶれていて、旦那の3人の弟のうち2人もつぶれているのだ。

結婚しようとしたら、自分の父と旦那の父は旧知の仲だった。

 

別競技だけど、タコ耳。

結構離れた県に住んでいるのに。

格闘技って、結構村社会だなって思った。

 

そういうわけで、私は、父と弟が同じ競技をやっているせいで険悪になる家庭を知っていた。一生懸命になりすぎるのだ。

 

私は女だったから、母が女の子は格闘技なんてやるもんじゃないって偏見持っててくれたから、大丈夫だったけど、させられていたら、私が申し訳なくて死んじゃってたか、できない私に腹を立てる父がストレスで死んでたかどっちかだと思う。

 

子供が通っていた道場でも、年少や年中の小さい子たちが連れられてきて泣きながら練習しているのをよく見かけた。

 

泣く子の中には強い子もいるんだけど、本当に勝たない子もいる。試合の前にお腹が痛いとか言い出す子もいる。

 

先生たちは技の説明を一生懸命するけど、保育所に行っている子たちに意味は通じるのかなぁ。

正しくない動作の癖がついたりしないのかなぁ。

試合=怖い、負ける、怒られるみたいな悪いイメージが心の深いところに刷り込まれたりしないのかなぁ。

 

それは今でも疑問に感じている。

 

まだ子供が柔道やってないころの私は、休みの日とかが全部スポーツの練習や試合になってしまうのはいやだなって思っていた。

 

それから多分、私に似て弱いであろう子供のことで、今度は自分じゃなく子供のことで「自分ダメだ」っていう確認が続くのは嫌だなも思った。

 

自分がイヤならやめられるけど、子供は弱くても続けたいとか言われたら、もしかして強い子のママとの付き合いで嫌な思いするのも私しんどいな。。。

 

どんな競技をしたところで、自分の子供ができるってイメージを持てなかったし、スポーツにまつわるアレコレに良い印象なんて持てる自分じゃなかったから、ひとまず何もやらないで済ませたかった。

 

しかし、子供って何を言い出すか分からない。

本人の記憶があるかないかも分からない2歳か3歳かのときに見たことが

しっかりと心の奥に根付いていたことを後で知ることになったのだ。。。