まいどご無沙汰しております。

44歳の はなはな です。

耳も治って、体調も戻りましたニコニコ

久しぶりに仕事のことを・・・。



あんまり詳しくは書いていませんでしたが、
私は派遣に登録して、保育補助で働いています。

資格を取ったら、

定職(フルタイムではなく)につきたいなあ

と思っていましたが、

就労条件がなかなか合わず、
今までと変わらず派遣です。


いろいろな保育園や託児ルームで働いていますが、
あくまで保育補助としてで、
保育士として働いたことはありません。

主な仕事内容は、
子どもたちのお世話(食事の介助・寝かしつけ・排泄関係・衣類の着脱、遊びなど)と食事の準備・片付け、掃除や食器洗いなどです。


保育士さんと仕事が似ているようで、
やっぱり全然違います。


まず、カリキュラムを立てたりカリキュラムの準備、進行などは
全て保育士が行います。
保護者への連絡(連絡帳などへの記入など)も保育士がやります。
この二つは、保育士の仕事の要となり、とても重要な仕事です。

基本的に保育補助は、保育士の指示に従って動きます。


資格は取ったけど、
専門学校を出て実践を学んだわけではないので、
私にあんな仕事できるかな・・・
保育士さんすごいなあといつも思います。

それと就労条件が合わないと書きましたが、
保育士さんのお仕事は基本的に保護者がお仕事に出ている間、
お子さんをお預かりするお仕事なので、
朝ものすごく早くて、夜は遅かったりします。

保育園によっては、夜勤もあります。

私はできるだけ自分の子どもの生活を優先したい
と思っているので、
できたら平日の9時~15時頃までの仕事がしたい。

が、そういう仕事はすでに埋まっていたり、
競争率が高かったりします。
(もしくはコネ)

時間を選ばなければ、仕事はたくさんあるんだけど、
時間を選ぶと仕事が本当に少なくなります。

ということで、だいたい土日や祝日に仕事に入ることが多いです。

土日祝なら夫がいるので、子どものことを任せられるので、
始発の電車に乗って仕事に出かけることや、夜の帰宅も可能なので。

一時期は、土日全部、仕事で埋めていたこともありましたが、
仕事は楽しいけど、自分の子どもとの時間を取れなくて寂しくなり、
そういう働き方はやめました。

よって、就労時間が少ないのが最大の悩みです。
でも好きな仕事で、時間の融通がきくところが、
派遣の最大のメリットだとも思っています。
あと、仕事を選んだりもできる・・・
(合わないと思った園は断ったり^^;
私の場合は、断る理由はほぼ時間が合わないことですが)


せっかく資格を取ったので、
資格を持っている人しか登録できない派遣に登録してみようかなあと思いながら、
今日まできました。

資格があると、先生にも保護者にも信頼してもらえると思って
資格取得を目指しました。

ですが、保育士として働くとなると責任感が全く違ってくることに、
資格を取ってから気がつきました。

浅はかだったなあ・・・。


なので、今一歩踏み出せません。


最初は誰でも初心者だけど、
なんせ見た目だけ年取っていて、
資格もあるのに使えないんじゃ情けないなあと思って。


書いてて思ったけど、なんだ私の変なプライド。

どう思われるかよりも、
反省を積み重ねて、少しでも成長していくことの方が大事じゃないのか。


どうなるかわからないけど、もうちょっと頑張ってみようか。

まあ、保育補助で働いていきたいという気持ちは、
今のところ変わらないんですが…。



ちなみに、前にちょっとだけ書いたもうひとつの保育以外の仕事は、
9ヶ月で辞めました(;^_^A

平日10時~2時か3時頃までの仕事で、条件的にはよかったのですが…。

やっぱり私は保育の仕事が好きだと再認識しましたよ。





猫のカレンダー、セリアで買いました!
超お気に入りですドキドキ108円也音譜

キッチンに飾って、癒されてま~す。
先日、44歳になりました。

近くの文字が見えにくくなったので、
老眼鏡を買いました。

セリアで108円でした!


実は9月半ばから体調が絶不調。
肺炎になり、息をするのも食事をするのもしんどくなってしまいました。

今は復活しました!
でも、ずっと寝ていたので、体力がなくなってしまいました。

あと、耳を悪くしてしまって、今は週2~3回の耳鼻科通いをしています。


周りがインフルエンザになっても自分は罹らない
というくらい元気だった自分が、
だんだん衰えていくのがわかりますあせる


もっとできると思っていたのに!と思っていたことができなくなってきた
今日、このごろ。


今年に入って、高校時代の友達から連絡があり、
15年以上ぶりに会いました。


なんか私の中ではずっと、

昔の友達には会えないなあって思っていました。

みんなに自慢できるようなキラキラしている毎日でもないし、
年取ったし!


でも、年を取ったのはみんな一緒。
当たり前だけど。

だから、老眼の話とか健康の話とか髪が薄くなった話とか
太った話とか・・・

みんなに知られたくないと思っていたこと、
みんなも同じだった!

それで盛り上がったニコニコ


あとは、高校時代のバカ話。
思い返すと恥ずかしくなるようなことばかりで嫌になるけど、
たくさん笑った。

行ってよかった!楽しかった!



SMAPの歌に

「あのころの未来に ぼくらは立っているのかなぁ

 すべてが思うほどうまくはいかないみたいだ 」


(「夜空のムコウ」より)


というのがあるけど、思うようにいっている人もいるだろうけど
そうじゃない人だっていっぱいいるはず。

でもその中でみんな頑張っているんだよね。


それぞれの立場でそれぞれの悩みがある。



大好きな藤子・F・不二雄先生の言葉から・・・


「みんな、今の自分よりも少しはましになりたい、
 
 もっと向上したいと思う。

 でも、毎日、同じ反省を繰り返しながら、足踏みをしている。

 結局のところ、それが人間というものなんじゃないかと思うんです。」


1992年 藤子・F・不二雄 

(「ドラことば 心に響くドラえもん名言集」
 小学館ドラえもんルーム◎編 監修◎藤子プロ より)



44歳の私は、藤子・F・不二雄先生の言葉が胸に染みています。


明日は久しぶりに保育の仕事に行きます。
短時間なので、がんばってみます!
父が要介護5に認定されました。

父は自力では這うのも難しくなりました。
認知症と持病の糖尿病を抱えています。

両親は二人暮らしで、
75歳の母が73歳の父の介護をしています。


父は、3週間ほど入院していたのですが、
先日ようやく退院することになりました。

退院の日がちょうど土曜日だったので、
子どもを夫に任せて、
久しぶりに親子水入らずで実家で過ごしてきました。

父は私のことも母のことも私の子どものことも夫のことも
まだちゃんと覚えています。

体は動かなくても、時折、おかしなことを言っても、
父は父。

母は、父の介護の愚痴を全くこぼしません。

便をばら撒いたりということもよくあるそうですが、
母の話し方は、こんなことがあったよというような
近況報告のような感じで
暗い言い方ではないんです。

たぶん、私が想像するよりももっと大変なことは
たくさんあったと思うのに。

本当に明るくて社交的で、太陽のような母。

母が母でいてくれてよかったと
本当に思います。

(ちなみに私は一匹狼で人見知りの父にそっくりです^^;)


父が入院している時、看護師さんは退院後に
施設入所を前提として話してくることが何度もあったそう。

看護師さんから、私の携帯に連絡が入ってきたことがあったくらい、
父は看護師さんを困らせていました。


でも退院して、自宅で過ごす父は、

とても穏やかで、

とても嬉しそうにみえました。


私と母がいろいろ他愛ない話をしていると、

ベッドで横になっている父が突然、

「しあわせ~ってなんだっけ、なんだっけ

 ポン酢しょうゆのある家(うち)さ~

 ポン酢しょうゆはキッコマン~♪」

と歌いだしました。



私がちょうど、
親子水入らずで過ごせる時間が持てて
本当に幸せだなあと思っていた時でした。


きっと父も幸せだと感じて、

でも、照れくさいから

そんな歌を歌いだしたのかな?

なんて思いました。



この日は、ケアマネージャーの方とお会いすることもできました。

いろいろなサービスやその料金について、
無知な私に丁寧に教えてくださいました。


それから、保険証書のある場所も母に聞いておきました。

母が頼りですが、母も年老いているので、
万が一、入院などすることがあったら、私が手続きをしなくてはいけない。
(その辺、もう少し勉強しなくては)

それと、お墓についても聞いておきました。

縁起でもないかもしれないけど、
大切なこと。

両親は末っ子同士なので、お墓がありません。
子どもにも手を煩わせるのは嫌だから、共同墓地に入りたいそうです。

母と父の希望を聞くことができたので、一安心です。

(私が死んだら、母と父と一緒のお墓に入りたいなあ。
 夫の代々続くお墓に入るのなんて嫌だなあ)


介護の本をいろいろ読み始めています。


私は両親とは同居ではなく、

たまにしか行くことができません。


たくさんいろいろしてあげたいと思うけど、

現実には経済的にも時間的にも

いろいろ厳しかったりします。


でも、なんでもかんでもしてあげることは、

必ずしも、いいことではないと

介護の本に書いてありました。


認知症だからとか、寝たきりだからとかと思って、

介助ばかりすることは、進行を進めることになるそうだし、

介護している母に対しても、近かったらご飯ぐらい作ってあげられるのになあとか

思ったりしたけど、

まだまだ動けるうちは、料理のことを考えたりすることも

母にとっては必要なことみたい。


私にとっても、今はよくてもそれがずっと続くと
負担になりすぎてストレスになっていくかもしれない。

この距離感が難しいけど、
試行錯誤しながらやっていこうと思う。



20年位前、友達がお父さんの介護問題を抱えていました。

その時、友達が

「家族が病気だからって、何もかも我慢することはないのよ。

 いろいろ楽しまないとね」

と言っていました。


その友達の言葉を、私は母に伝えています。

大切なことを教えてくれた友達に感謝しています。